【 王都陥落 】
第76話 陥落とは穏やかじゃないな
「お帰りなさいませ」
「ああ、ご苦労様」
門番には手を振るだけであったが、中に入ると早速メイドのカイナ・エルブーケ・オッセンが出迎えてくれた。
門は鉄柵。開ける時に大きな音が出るから、それで気が付いたのだろう。
早速ババアのマントを外してこちらを見るが――いや、俺にコートは無いよ。
部屋でくつろいでいる時に無理やり連れていかれたからな!
しかし毎度だが、主要な作業や指示出しは全部彼女がやっている。
屋敷付きのメイドという事以外は自己紹介すら満足に済ませていないが、彼女がメイド長的な立場なのだろうか?
フェンケと違いしっかりと長髪を維持しているし、彼女もまたミドルネームがある。案外フェンケより身分は上だったりしてな。
とか考えていると姫差がパタパタとやって来て出迎えてくれたが――、
「お帰りなさい……ではありますが、まあ“絶壊不滅”に連れていかれた時点で予想はしていましたけど」
まあね。結構重症だよ、これでも。なにせ皮膚と筋肉の間に近いとはいえ、左胸から反対側の肩まで貫かれたんだからね。
服なんて血まみれだよ。
姫様はジト目でババアを見ているが、意に介さずだな、ありゃあ。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの――ですか?」
「よお、フェンケか。もう足は良いのか?」
「こっちよりもそっちでしょう? 早く脱いで!」
という間にもババアのマントを壁に掛け終えたカイナに脱がされているけどな。
「俺の方は見た目ほどじゃない。それよりもフェンケはもう退院したのか? 杖も無いようだが」
「治療院にはもう治癒魔導士の方々が配備されていましたから。その――褒めていましたよ、応急処置が完璧でしたって」
フェンケは真っ赤だが、足を吸われた事を気にしているのだろう。
まあ緊急事態とはいえ、滅多にする事じゃあないしな。変な方向には目覚めないで欲しいものではあるが。
ただ、どうして涙目なのだろうか?
俺を心配するとも思えないが。
「それで、決着はついたのですね」
「ああ、そう思いたいが……」
後は二人に任せて休みたかったのだが、姫様の真剣な瞳がここに居ろと訴えている。
だが確かにそうだな。のんびりしている間にまたババアが消えかねん。
それ以前に動けやしないのだけどね。
俺はさっさと上半身を脱がされて、今はカイナとフェンケに治療されている。
まあ応急処置だけどな。
明日は俺も治療院とやらに行ってみるか。
別に放置しても生きるか死ぬかのどちらかしかない単純な話ではあるが、まだ死なない方が良いのだったな。
というよりも、頭の何処かで“気楽に死ぬな”と言われている気がする。
なんだろうかね。未練でも出来たのかねえ。
ちなみにもう一人のメイドであるロッテ・ユニバス・アンブロンシアは、こちらの手は足りていると判断していたのだろう。
水色の長い髪を揺らしながら、てきぱきと全員分の――まあ正確には俺と姫様、ババアにフェンケの分の茶を用意し、ご丁寧に菓子まで添えて行った。
そのまま流れるような動きで壁際に控えている。給仕の鑑だな。
屋敷の中には他に気配はない。もう一人のメイドであるミニスはまだいない様だ。
まあ町まで行ったと聞いているから、まだ当分は戻ってこないか。
「さてどこから話すべきかですが、先ずはクラムの言う通り簡潔に話しておきましょう。王都は陥落しました」
陥落だと⁉
「そうでしたか……」
姫様は静かに呟きながら天井を見るが――、
「いや待ってください。そう簡単に納得できるんですか?」
俺よりフェンケの方が大慌てだが――、
「“絶壊不滅”は嘘の報告などしませんよ」
「まあその辺りは信用してくれて構わぬよ。一応は、専属の王室特務隊が付かない要人の警護をする”遊撃”が私の任務でね」
こんなものが付いているのにあの2人は仕掛けたのか?
いや、違うな。第4王子のように堂々と連れて歩かない限り、誰が誰の思惑で動いているかは互いに知らないような事を言っていた。
道具の使い方も重要だと言っていたのはそういう事だろう。
ん? まてよ? 姫様は一体どこまで知っていたんだ?
まあババアと繋がっているというのなら、ある程度の情報は知っていると考えていいか。
むしろ固定メンバーが付いていない最大の利点なのかもしれん。
ババアを素直に誰かの下に付けるとは思い難いしなあ。
……って、そんなのんびり考えている場合か!
「今のセヴィオ・ドルケン城には巨大な蓮の花が生えています。巨木といった方が良いでしょうが……事の起こりはブラントン商会です。クラムは知っているな」
「この短時間で忘れたら、ただの阿呆だ。しかし蓮の花……」
「まあそういう事だ」
「俺が知る限り、ブラントンの旦那が手に入れるのはアンダーグラウンド・インビジブル・ロータスフラワーだ。あれは巨木などにはならないぞ」
「だが実際に持ち込まれたのはアンダーグラウンド・ロータスツリー。異界に群生する厄介な巨木だ。名前くらいは?」
「あたしには分かりません」
「俺も知らないな。レベル屋に入ってからは何が来ても良いように一通りの魔物知識は頭に入れたが、そんなものは聞いた事も無い」
「それはそうだろう。見た人間で生き延びたものなど、さほど多くはない。それに城を貫くほどの巨木だ。根本的にレベル屋で扱う可能性はない。お前が見た本には無かっただろうさ」
あそこにあった本は随分と偏った内容だったって訳か。
ただまあ、余計な魔物に目移りしない分だけレベル屋を始めるには都合が良かったが。
「ただ気になるな。仕入れるはずだったのはインビジブル。見えない点が難点であり、同時にレベル屋としては利点だった。ボーナスが付くからな。そいつはどうだったんだ? 同じく透明な時期があるのか?」
「お前はカーネル・ブラントンという男の事は良く知っていると思ったがな」
ああ、まあ、アイツは馬鹿だったけどな。
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