第64話 やっと余計な話は終わりか
俺にこいつの口を止める手立てはないしな。
好きにさせるしかないさ。
「よろしい。彼は連中が考えるより、遥かに頭が回る人間だったのだよ。考えもしなかったろう。彼らは商人として厳しい勉学を仕込まれ、また研究者は小難しい本と実験に明け暮れ、魔術師もやはり皆同様だ。確かに連中から見れば、浮浪者など知恵の無い獣と変わらなかったのだろう。だが彼は理解してしまった。実験が成功すれば、どのような形で有れ最終的に待っているのは死だと。解体されて次の研究段階の糧となるか、限界を知るために死ぬまで過酷な命令を受け続けるだろうとね。君だけが――そう、君だけがその事を理解した。他の実験体が理由もなく“勝ち続ければ未来がある”と妄信的に信じる中、君のみが真実に辿り着いたのだ」
「買いかぶられても困りますが、ただの偶然ですよ」
「否定はしないのだね」
“神知”がいるのに否定してどうなるんだよ。
「そこで君は考えた。死んではいけない。だが勝ってもいけない。だから勝たなければ死ぬ戦いには全て勝利したが、負けても良い戦いには何度も負けた。それこそ何度も何度も、研究者から失敗の烙印を押されるまでね。しかし最後は勝ち残らねばならない。最高の演技だったそうじゃないか。特に最終試験の結果には感心したね。追いつめられた末、手から弾かれた短剣が偶然にも壁に跳ね返って相手の首に突き刺さる。実に見事だよ。誰もが言葉を失うのも当然と言えるだろう」
見てきたような事をと思うが、本当に“神知”は厄介だな。
「こうして失敗作が残ってしまった。成功作として期待された本命ではなく、ただの出来損ないが、偶然に! 結局、研究はそこで方針転換を余儀なくされた。立場が宙ぶらりんになってしまった君は、処分待ちの間は人のふりをしながら商家の暗殺者として働き、幸運にも捨てられた」
「人のふりとはどういうことです?」
やっぱり姫様は食いつくよなあ。
「先ほど話した通りだよ。既に彼の体は、投薬や様々な実験で作り替えられてしまった。今でこそ馴染んでいるが、本来なら呪詛の鎖が無ければ自然崩壊する不安定な人工生物にされたのだよ。考えてみたまえ。たったのレベル10。だがそれは、1レベルの人間が10レベルに相当する別の生き物になったとも言える。君のレベルは55だそうだが、それは人間を基準にした話だ。本当なら、どの位に相当するのだろうね。単純に10を加えただけか、或いは……」
「レベル55は55ですよ。実際、腕力ではフェンケにも負けますので」
「それが人のふりという事ですか? でしたら――」
「いいや、そうじゃない。彼もまた他の実験体の様に、感情というものがなかった。正しくは無くされたではあるが……人を殺して罪悪感があった事は? 一度もないだろう? 人のふりをするために他の人間から話し方や表情の作り方を学んだ。だが、それは人に似せて作ったゴーレムと何ら変わらない。自分の意志で行動したことがあったかい? 君の行動は全て、この状況ならこう動くのが人間だろうという計算の結果に過ぎない。しかし、ここに来て変化が生じている。言うまでもない。鍵はセネニアと、フェンケという娘だ。さて、私はここに一番興味がある。喜怒哀楽、人がもつ基本的な感情の無い君がそれを取り戻した時、どんな行動をとるのかな? スカーラリア家への復讐か? それともその力を使って欲望に走るのか? 或いは、過去に殺めた人間を思い出し心が潰れるのか。それを知りたいのだよ。何といっても君はただの人間ではない。何一つ学というものを持たない身でありながら、あれだけのエリートを出し抜いたのだ。あれから知識を蓄えた君は、物事をどこまで深く洞察できるのかな? さて、これで私の話は終わりだ。君に対する考えは分かってもらえたかな?」
分かりはしたが、すぐにでも始末したいほどに危険人物だな。
姫様は大丈夫だろうが、俺の感情を呼び起こす為ならにフェンケに何かしかねない。
「ではレベル屋の予定地域に行って、本来の仕事に戻ってくれていいよ。そうそう――」
「まだ何か?」
「クエントから、君に伝言があったんだよ。まあ私も同意見だから、どちらかといえば私の誓約として聞いてくれていい。もちろん、ここでの話は全てエナの管理下にある」
そんな事だろうと思っていたよ。
どうせ勝てはしないが、口封じなどしようものなら塵になっていたな。
それほどまでに、高位の魔女というものは恐ろしい。一度何か仕掛けられたらどうしようもない程に。見えない毒蛇が、常に首に巻きついているようなものだ。だから呪術は嫌なんだよ。
ただ同時に、魔女が関与した誓約は甘くはない。この性格からすれば鵜呑みには出来ないが、話2割くらいには聞いておいていいだろう。
「私は君の行動に関して口も手も出すつもりはない。セネニアとの関係はもちろん、フェンケという君たちの関係者にも関与しない。今後交友関係が増えたとしても、それにも関与はしない。君は君の意志と行動で、君がしたい事を見つけるといい」
ババアと同じ様な事を言っているな。
権力を持つと、似たような思考になるのかね。
しかしちょっとだけ違う。こいつ、妹と俺の関係まで承認しやがった。
なんか姫様が嬉しそうなのは気のせいか? パアアと後光が射しているぞ?
「ただし例外を設ける。同様に、もし私やその縁者を害そうとするのであれば、そのモノが先ほどの者に該当していても私は等しく敵として処遇する。構わないかね?」
”人間”ではなく”モノ“と定義したか。周到だな。
もっとも、フェンケの実家に関しては何か掴んでいるだろう。
それにレベル屋が相手となればその可能性は考慮するか。
「構わない」
その言葉と共に床が光る。
これは魔法陣――いや、魔女印か!?
「見るのは初めてではなかろう? それに、これは誓約といっただろう。互いの同意の元、これは絶対に守られる。それでは今度こそ本当に話は終わりだ。さすがにエナが暇を持て余している頃だろうからね」
ふむ。誓約に関しては実感がまるでないが、ここで細かく聞いても意味はないか。
「では、失礼させてもらいますよ。そうそう、あんなに長々と昔話をする必要があったんですか?」
「少なくとも、セネニアにはきちんと伝えないとね。なにせ、君に任せると簡略しすぎる」
お見通しって訳ね。
騙す気は最初からなかったが、確かに何をどこから話したらいいかは分からなかった。この際、良しとするか。
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