第63話 あまり面白い話でもなかろうに
「そんな不安定な存在の実験体。体はいつ崩壊してもおかしくはない。それにどれほど強化しても、所詮レベルは1。人外の身体能力をもってしても、精々レベル10と戦える程度。それも時間制限付き。理性を保てる者も少なく、これでは緊急用に動員する兵力にもなりはしない。実験は失敗だ……では終わらなかった。何せ投資した分を意味もなく捨てるには、彼らは強欲過ぎた」
そりゃ商人だしな。
「そこで方針を変えた。人間というものを強化するのではなく、スキルを上げる実験体としてだ。何と言っても、レベル1が10と渡り合えるだけの身体能力。レベル屋というものは当時から細々とはあったが、スキル屋というものは無かった。それはそうだろう。敵を倒せば即座に上がるレベルと違い、スキルとは長年に渡るたゆまぬ研鑽によるものだ。いわば、スキル屋とは学校や道場と言い換えてもいい」
この話は長くなりそうだな。
さすがに兄妹だけあって察しているのか、両方共ソファに座ってティータイムだ。
さすがに準備がよろしい事で。
「しかしレベルもそうだがスキルというものも効果的に使わなければ上がらなくなってきてしまう。ただ50年剣を振り続けても、達人――いわばスキル10には届かない。やはり切磋琢磨する相手がいてこそのだ。それが模擬戦でも実践でもね。そこで、先ずはこの研究でどこまで効率よくスキルを上げられるか。それを実験体同士で試す事にした。察しの良いセネニアにはもう分かったようだね。そう、殺し合わせたんだ。幾つものグループに分けながら、作っては殺し合わせ、また作っては殺し合わせた。そうしてスキルを上げていくうちに、別の意味合いが出て来た。これは神に至る道ではないかと」
「神に?」
「正しくは
「失敗?」
「そう。彼は理性を失っていなかった。感情は無くしていたがね。そしてスキルと共にレベルが上がった分、体が崩壊するまでの時間も伸びていた。まあ数年の話ではあるが、それは悪くなかったと言えよう。だが結果として、彼は人の域を出なかったのだよ。達人との数度の模擬戦の結果、彼は全敗。結局、人工的に短期間で達人に追い付こう……ましてや追い越そうなど夢物語。結局は、神技など求める事すら許されなかったという訳さ」
「……」
「その後は政敵を始末するための駒として使われたが、処分する予定で与えた任務を成功させてしまった。政敵であるマジアイ家の勇士、ロベルス・カムハルゼを倒してしまった事件だね」
「戻った時は、なかなか良い顔をしていましたよ。ひきつったね」
「この語はもう聞いているだろう。マジアイ家との和解のために、彼は奴隷として処分された。本来ならその時点で終わっていた。あまりにも早く死んだときの為に、違約金まで用意されていた程だよ。だがそのレベル屋には予定外の大物が持ち込まれたわけだ。プリズムポイズンワームというね。その世話をするおかげで、彼のレベルはおこぼれとはいえ急速に上昇していった。なにせ万という数のあれを世話したのだからね。ほんの少しの比率とはいえ、無視できない経験値になった訳だ。こうして時間とともに消え去る命であったはずなのに、想定外のレベルが彼を生かしてしまった――が、運命とは面白い物だ。彼は冤罪を着せられレベル屋を追放される事となった」
「……話は終わりですか? そこからの事は知っています。それでも、彼はあたしの優秀な護衛であり、ここルーベスノアの領主であることには変わりはありません。それでは――」
「いやいや、本題がまだだという事はセネニアが良く知っているだろう? なにせ“歪みの繭”の異名を持つウィッツベルを退けた時に聞いているのだからね。彼が人の領域を超えている事を」
ババアも超えているだろうがと言い返してやりたいが、その異名は聞いたことがあるな。そうか、奴がそうだったのか。
ただ残念な事に、俺が知るのは王室特務隊ナンバー14、“歪みの繭”ウィッツベル・アイク・ロンターン。という肩書だけだ。
「ここで先ほどの疑問が出る。確かに特殊な薬と肉体改造によって能力をブーストした事で、そもそもの基礎能力が人のそれではない。その副作用である死ぬまでの時間制限も、レベルが急速に上がった事で崩壊する体を食い止めた。想定外が重なった事は確かに彼にとっては幸運であり、処分した者にとっては厄介ごとだ。だが本質はそこではない。彼は失敗作だった。それなりの時間と膨大な費用。何よりあまり価値がないとはいえ、大量の人間を集めての実験は法に反する。そこまでの危険を冒しても、彼は達人には遠く及ばなかった……のになぜだね? 答えは簡単だ。彼は成功していた。それも彼らが考え付かない方向に」
「もったいぶっても仕方ないでしょう。簡潔にどうぞ。姫様が退屈で寝てしまいますよ」
まあ食い入るように聞き入っているけどな。
俺ならもっと簡単にさくっと伝えるのに、大仰な事で。
「そんなに簡潔に言ってしまっても面白くないだろう。それに話はもう佳境だよ。違うかい?」
「ノーコメントで」
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