第62話 当然こちらの過去はお見通しと

 まあそれ以前に、“神知”がいるのだから隠し事は不可能だろう。

 本当に理不尽だ――いや、なぜそんな事を気にする? 知られたところでどうだというのだ?

 事実は消えないし、悪い事をして来たとは思わない。あれはただの日常だったのだから。

 それでも――そうか、姫様には知られたくないと、俺は感じているのか。


「それで、セネニアは何処まで本気なんだい?」


「お兄様の想像にお任せいたしますわ」


 なんとなく姫様の機嫌が悪くなっている気がする。

 これ以上は語るなという事なのだろうが――、


「ふむ、また少しルーベスノア卿が動揺したね。さてはて、こちらも何処まで本気なのやら興味がわいてきたよ」


「これ以上ここに居ても仕方ないですわね。クラム様、そろそろ予定の場所に向かいましょう」


「ああ、そうだな」


「まあそう焦る事はあるまい。クエントが言うには、最初のポップまでには4日あるそうだ。当然、それまでには君が望む形のレベル屋にしよう。それよりも私の興味は君だよ」


「こちらにはそっちの趣味はありませんが」


「おそらくそう言うとエナが言っていたよ。なるほどなるほど、実に勉強になる。実は卿ほどの者が、セネニアはともかくあのメイドの事で感情が動く事自体が私には信じられなくてね。エナに言われても半信半疑だったが……うん、なるほどと言ったところか」


 やれやれだな。自分では心が動いた事すら気が付かなかった。


「いったい、こちらの事はどこまで知っているんです?」


“神知”に“魔略”。2人を抱えるこいつに聞くのも虚しい話だが、実は少し興味がある。

 あの2人。それにこのヘイベス王子という男の性質と手の内にもな。

 その為には――いや、気にする事はない。もう既に、姫様にもフェンケにも一端は話してある。

 遅かれ早かれ、全て明かすつもりだった。

 なぜ? いや、それは俺にも分からない。だが案外、こいつが教えてくれるかもしれない。


「ふむふむ、セネニアがいても構わないと」


「どうせ近日中には明かすつもりでしたので」


「なるほど……」


 僅かな沈黙。それがどんな意図なのかは分からないが――、


「セネニアは彼に関してどこまで知っておるのかな?」


「彼が話してくれた事は知っていますし、話さない事には興味ありません」


 こう言ってもらえるのはありがたいが、もうこの流れは止まらないだろう。

 そもそも、あれほど忙しい状態なのに人払いがされていたんだ。最初から決まっていた事さ。

 それでこの先どうなるかは分からないが、それは俺が決める事ではない。


「まあ聞いておいて損はないはずさ。彼も話すタイミングを計っていた。だがここまで話せず来た事に多少の後悔があるだろう」


「いや、無いですよ。“神知”にでも言われましたか?」


「もう良いです。行きましょう」


「止まれ、セネニア」


 静かな一言。それだけで姫様はビクンとして止まり、部屋には静寂が訪れる。

 殺気は無い。威圧感も無い。だがなんだ、この空気の悪さは。まるで、決して触れてはいけない見えない何かがゆっくりと迫ってきている感覚……。

 これが世間的には凡才と呼ばれる4男、ヘイベス・ライラスト・クラックシェイムという男の本当の姿か。


「かつて、スカーラリア家というそれなりに権勢を持つ商家があった。表向きは小さな自治区を更に3分する程度の存在だったが、その人脈は各地の貴族。果ては外国にもつながっていた」


 まあ知っているよ。

 だから俺のような人間が必要になった。それだけだ。


「そんな彼らであったが、ある時一人のパトロンから、とある実験を持ちかけられた」


「ある時だの、名前を言わずにパトロンだの、お兄様らしくないですね」


「確かに私は明確に話すのが好きだ。だがそれ以上に、知る事が好きでね」


 つまりは俺や姫様の反応を見て楽しんでいるという訳だ。実に趣味が悪い。


「だが実験に関してはズバリ言ってしまおう。人を超える事を目的とした禁忌の技法だよ。常人であれば死に至る程の強化剤を投与し、それを魔術の呪詛により定着させる」


「待ってください。そんな事をすれば――」


「待つも何も、もう行われた事だ。そしてそんな人間を何人も作った。使ったのは戦災孤児や浮浪者。ある意味、使い捨てが可能な人間だな」


 まあ間違ってはいない。姫様もこれに関して口を挟まないのは、王族として民衆の実情くらいはそれなりに把握しているって事だろう。

 世間知らずではあるが、まあ知識としてならそれなりにって所だろう。


「ほとんどが死んだが、”それなりの数”が残った。しかし、そんなものが人を越えたと言えるだろうか? ああ、答えは不要だよ。今更だからね。そう、そんなものはやろうと思えばそれなりの数を揃えられる紛い物。それで人を超えたなどおこがましい話さ」


「よくご存じで」


「大事なのはここからだろう?」


 否定は出来ないな。

 確かに本題はここからだ。


「こうして作られた実験体たちには更なる強化が付与された。強靭な身体能力と、そこから生み出される俊敏性。確かに並の人間を遥かに超える力だろう。だが残念だが、所詮は孤児や浮浪者。高レベルの物などいようはずもない。更には薬と手術と呪術で作られた体など、長く持つはずがないときている、所詮は精神と肉体が崩壊するまでの時間を、呪詛という鎖で封じているだけだ」


 姫様が心配そうにこちらを見たが、まあ生きているよ、俺はね。

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