第61話 フェンケはやはり無事か

 扉は立派な素材だが、触れた感じ鉄板とかは入ってない。

 本当に戦闘を想定していないな。

 無能ではないし用心深さもあった。それに“いかにもな従者”。その事から考えると、想定外に不用心だ。

 まあ役所を要塞にするわけにもいかないだろうがな。そんな事をすれば、反乱を疑われるだけだ。


「入るぞ」


 ノックして入ると、さすがに見事な調度品と大量の本が目に入る。立派な執務室という感じだ。

 ただそれよりも、目の前に座っているのがヘイベス・ライラスト・クラックシェイム王子という点が無茶苦茶気になった。


「これはこれは、失礼しました、王子殿下。てっきりテーマス卿がおられるかと思いましたので」


「ごきげんよう、お兄様。あたしも意外でしたわ」


 手をひらひらさせてさっさと来客用の椅子に座るが、あれが王族の作法なのだろうか。


「それは失礼をしたね。テーマス卿は急用ができたとの事で、領地に帰ったそうだよ。そうだ――というのは何分にも私が到着する前の話でね。君が出発して、僅か数時間でここを発ったと聞いている。そんな訳で今はこちらで代行しているが、ここの実質的な軍事司令官は君だ。嫌な顔をされても領主なのだから当然なのだろう? 今更驚くこともあるまい」


「いつかは押し付けられるとは思っていましたが、テーマス卿に関しては――」


「そちらは本当にこちらの関与しない事でね。実際、何か問題があれば今頃テーマス男爵家は大騒ぎになっているはずさ」


 当面、フェンケの実家は問題なしか。なら構わないか。

 しかし今の物言い……何か知っているな。だが自分――いや、国が関与する様な問題が発生したわけではないと。

 気にはなるが、今考えても仕方ないか。


「挨拶が遅れてしまったね、セネニア。元気そうで良かった。昨夜はきちんと休めたかい? それと、もう少し王族らしい作法や言葉遣いを身に付けようね」


 やっぱり姫様から貴族の作法を学ぶのは無理そうだ。

 ただ、それ以前に他に誰もいない。“神知”、“魔略”だけでなく秘書や給仕もな。

 もう既に帰りてえ。


「因みに現在、この町の事務関係も私が仕切らせてもらっている。おっと、勘違いしないでくれよ。君から領地を剝奪したわけではない。これは私の社会勉強の一環だと思ってく入れたまえ。なにせクエントに言われてしまってね。この機会に、王子は事務を学んだ方が良いと。十分に学んだつもりだったが、下の様子は見ただろう」


「ええ、まあ」


「まるで、これからここが戦場になるかのようだ。そういった普段と違う状況も学べだそうだよ、ハハハハ」


 クエント――”神知”の方だな。しかしあの人畜無害な笑顔の裏で、何人葬って来たのやら。


「それに君も事務員を決めていなかったからね。こちらで用意させてもらったよ」


「それは申し訳ありません」


「いやいや、この状況は君も理解していなかっただろう。だからそれに関して問題は無いよ」


 借りが出来たというよりも、事務――要は人事と経済を握られたという事だ。事実上、軍務もだな。

 俺が出発して極わずかな日数でしかない。

 それも踏まえてこの速さとしたら相当な策士……って何を考えているんだ俺は。そんなの今更だろう。

 目の前の人間が誰で、何を連れて来たと思っているんだ。

 この話は有利な点が一つもないな。取り敢えず話題を変えよう。


「それでカーススパイダー―の方はどうなっています?」


「今は魔物用の檻に入れて半地下に埋めてあるそうだ。クエントの方針だから間違いはあるまい」


 確かに俺でもそうするな。それに、やはり相当信頼しているか。

 まあ裏切りでもしない限り、連中の知識ほど頼りになるものはないだろうし。


「それと君の愛人にしてセネニアの従者の件だが」


「愛人にしたつもりも予定もありませんよ」


「似たようなものになる予定ですが」


 姫様はストップ。


「それで容態は?」


「右足の骨は付け根まで裂けていたそうだよ。それに結構な量の鋭い砂が入り込んでいたそうだ」


 やはり吸っただけでは大きな破片しか取り切れないか。


「だが治癒術士も連れて来ているからね。問題は無いよ。もう傷すら残ってない。ただ治せるのは外傷までだ。いつも通りに歩けるようになるまでは、1日が2日はかかるだろうな」


「やはりそうなりますか。まあ仕方がない事です。あれほどの怪我を負ったのは初めてでしょうし」


 たとえ完全に元通りになったとしても、暫くは影響を引きずるだろう。

 足元に恐怖を感じるし、無いはずの痛みを錯覚する事もある。まあ、これは慣れてもらうしかないな。

 それにそもそも思ったよりも軽い。配備されていた治療術士のおかげだろうが、さすがに準備が良すぎるな。


「だがどうせ病室のベッドで寝ているだけだ。昼の内に運んでおこう。何処で寝ていても同じなら、やはり君の所が良いだろう。まあ可愛がってやると良い。心の傷には、それが何よりだ」


「だからそういった事は無いです」


「フムフム、少し動揺を見せたね。いやなに、エナの奴がね、2~3回フェンケに関してつつけば面白い様子が見られると言っていたのでね」


“魔略”の方か。いつか絶対に泣かせてやる。


「しかし君ほどの者が、ただだか低級貴族の娘をそこまで気にするとはね。エナの話を聞いた時は信じられなかったが、意外なものだ」


 これは相当に知られていると考えてよさそうだな。

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