【 レベル屋建築 】

第60話 いよいよここからだな

 ……それで、この状況をどうするか。

 フェンケが実は陰でどれだけ仕事をしていたかがよく分かる。

 あの後は姫様を寝室まで送って安全の確認。それが終わったら半分休みながら護衛……という予定であった。


 いやあったのだが、自分の枕を持つとすぐに俺を引っ張って俺の部屋のベッドに直行した。

 単純にパワー勝負をされたら相手にもならない。高レベル様は凄いですね、ちくしょうめ。

 あっさりと俺も引きずり込まれて、今は一緒に寝ているという状態だ。

 旅をしている時もそうだったが、眠れるときはすぐに眠れるのだろう。姫様は横になってすぐに寝息を立て始めた。しっかりと俺を掴んでな。


 さすがに姫様に手を出す気は毛頭ない。なんだかんだで、ここまで引っ張ってきた命だしなあ。

 そもそも俺にとっては、男や女以前に人というものが意識に無い。実験ではどっちも殺した。仕事になってからもそれは変わらなかった。ただ単に、子供も加わっただけだ。

 だから命なんてものに価値は感じていなかったし、俺も理由があって生きたかったわけではない。単純に、死ぬ理由を見つけられなかっただけだな。

 いつ捨てても良い物だけに、逆に捨てようと思っても”何故か”を考えてしまう。

 結局、捨てる機会を考えながらも捨てずに残ったひび割れた水瓶程度の人生だ。


 それに、俺自身も実験の成果自体は分かっていない。

 失敗作だと言われてきたが、連中の考えた成功とは何だろうか?

 一応連中の考えは察したし、俺の選択自体は――まあ失敗ではなかったのだと思う。

 が、得たものは今の状況だけだ。

 何も判らない。未来の展望もない。一人で生活する事は出来ても、一人で生きる理由が分からない。

 人というものも……分からない。


 疲れたのか酔いが回って来たのか、少し本格的に眠くなってきた。

 それに何より、この状態は安心する。

 まだまだ未熟とはいえ、自分より強い人間が傍にいるからか?

 それとも……やっぱり分からないな。

 だがまあ、心地良い…………。





 •   ■   ■





 翌日、早朝から足音で目が覚めた。

 外――玄関まで10メートル程――徒歩――戦時の金属製ではなく、通常スタイルの革鎧――所持しているのは腰のミドルソードと盾のセット――敵意はないが、足取りからしてここを目的に動いている。


「お迎えが来たようだ」


「天からですか?」


 完全に寝ぼけているな。


「それはさすがにまだ早いな。それに、俺が行くとしたら冥府だよ」


 結局、昨夜は普通に姫様と同じベッドで寝てしまった。

 まだ体温が心地いい。しかしフェンケにばれたら首を絞められるな。

 それにしても、短い時間だが完全に寝た感覚がある。普段なら、半分は必ず覚醒しておくのだがな。我ながら不用心なこって。


 ドアがノックされて、すぐさま伝令に来た兵士からレベル屋予定地の下見に来るよう伝えられた。当然ベッドから出て、姫様は隠したぞ。

 まあ、これか姫様かフェンケの件のどれらかだろう。さほど驚きはしないし、むしろ一番安心した。

 姫様の件だとしたら本当に冥府からの使者かもしれなかったからな。


 ここに来た時に渡されたジャケットを着て外に出る。お貴族様の服は何度着ても慣れないな。

 もっとも、着るのはまだ2度目だが。

 当然だが、姫様も一緒。置いていくことは出来ないし。

 しかしまあ、村……じゃねえな、これは。


 ここを発ってわずか数日。

 その間に内部は3倍に膨らみ、多数の建造物、見張り搭、入り組んだ城壁、上下水道まで整備され、まるで新しい町をここにドンと置いたようだ。

 まるで魔法だなと思うが、正に魔法の仕業だろう。

 人の手でこんな事をしようと思ったら、何年かかるかわからない。

 しかもまだまだ建造中。外も拡張中。何処まで大きくするつもりだコレ。


 そんな事を考えながら、オハム・コーロン・ゼンリッヒ・テーマスの元へ向かった。

 下見も何も、レベル屋の予定地をそもそも決めていないのだから仕方ない。

 まあ以前にも会ったテーマス男爵家の4男。ここの軍務司令官にいるはずだ……ではあったが、かつて粗末な軍司令部が建っていた場所には宮殿を思わせる建造物が建っていた。


 大きな開けっ放しの扉へと続く、半円型の階段。立派な白磁の壁。両開きの扉の前には完全武装をした衛兵が両側に立つ。

 中に入るとこれまた豪華。

 外の清楚ながらにも威厳のある形式と違い、濃い緑と黄色のタイルが敷き詰められた床。同じカラーのストライプが螺旋を描く柱が何本も立ち、そこには全方位を照らすため幾つもの魔光が設置されている。実に趣味が悪い。

 ただ規模的には役所って所か。


 正面左右にはカウンターがあり、住民と思われる人間が列をなしている。

 しかし服装がバラバラだ。

 元からここに住む者、流入してきたよそ者、それに兵士なんかもいるな。

 よそ者も、ボロ雑巾のような服装から町の豪商のような物まで千差万別。今も無数に作られている建物を見れば、この混乱具合も分かるというものか。

 まあ、俺たちは気にせず上への階段へと直行するのだがね。


 当然階段には兵士がいたが、今更この服装の者を留める事はない。

 直立不動のまま、冷や汗をかいているのが分かる。鼓動も激しいな。

 さてはて、俺の事はどんな風に伝わっているのやら。


 外から見た建物は2階建て。

 登った感覚からして、要塞のように階数を誤魔化す事はしていないようだ。

 まあ、ここで戦う事はもうなさそうだしな。

 そんな訳で慌ただしく書類を持って走り回る職員を尻目に一番奥の部屋へ行く。

 町長室と表札が出ているからここだろう。

 しかしまあ、あいつ軍人だったはずだけどな。

 貴族である事を考えれば、案外こちらの方が本職かもしれないが。

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