第39話 国王と王妃

 マーカシア・ラインブルゼン王国は121年の歴史を持つ大国である。

 もっとも、大国になったのはごく最近の話。

 それまではこの周辺に連なる独立都市群同士で小競り合いを続ける一つであり、いつ滅んでもおかしくはなかった。

 他国がこの一帯を自国領にしなかったのは、南方にいわゆる”魔物世界との境界”が存在したためである。





「ああああ、セネニア、セネニアは無事であるか。セネニアー」


 王国首都カブラム。一般には王都と呼ばれる中心にある城の一室では、中年の男が頭を抱えて叫んでいた。

 身なりは立派だが、本人の見た目は中途半端な髭が目立つ冴えない痩せ型のおっさんという所。人目を引かないグレーの髪が拍車をかけている。

 平民の服を着て外を歩けば、下層街とスラム街の中間あたりに棲んでいるのが似合いそうだ。

 しかしその姿と今の情けない様子からはこの人物は測り得ない。


 マーカシア・ラインブルゼン王国三代目国王。

 14人の子持ちにして、この国を急速拡大し大国にまで上り詰めた、”英雄賢王”イグリナス・ストマルト・クラックシェイムその人であるのだから。


「落ち着いてくださいまし。全く、午前の謁見が終わってすぐこれです。午後の謁見に差し支えますから、もっとしゃんとしてくださいね」


「セネニア―!」


「はあー」


 せわしなく歩き回る国王を尻目に、ゆったりと玉座の隣の座る女性が深い溜息をついていた。


 その長い溜息を吐きながら殴りたいというオーラを全身から発しているのは、この国の王妃であるハウティナ・ヴューロン・クラックシェイム。

 こちらは国王と違い、彼よりも10センチも背が高い178センチの長身にモデル体型。

 ゴージャスな金髪と、44歳とは思えない美貌で、これまた立派な王妃のドレスが実に似合っていた。

 更に8人も産んでいるというから驚きである。

 端から見れば、どちらが国主か分からないだろうというのがもっぱらの評判であった。

 そして、そんな周辺の国や自治区は大抵が痛い目を見たわけだが。


「今はルーベスノア村……ではなかったですね。 ルーベスノア地方にいますよ」


「だからこそ心配なのだろうが! しかもどこぞの馬の骨とも分からぬ男が一緒だというではないか!」


「だからこそ特務隊を派遣したのでしょう」


 もっとも、派遣した以上の数がいるという報告も入っていますが……。

 おおかた妾共の子の誰かの差しがねと言いたいところですが、はあ……我が子ながら情けなし。


「それに、“絶懐不滅”が能力、人格、自制心において問題なしと判断しております。彼女以上に人を判断できる人間はいないと考えたからこそ、彼女を派遣したのでしょう? 今更自分の判断を疑うのですか?」


「いや……」


 急に眼光が鋭くなり、顔つきも変わる。

 先ほどまでの親の顔ではない。仕事の顔だ。


「奴の判断に間違いは無い。だが人は万能ではない。故に、世はこの地位と版図を手に入れた。だが! その世の手すらセネニアには届かぬ。あああ、セネニアー」


 そしてまた元の顔に戻る。

 軽い頭痛を感じた王妃ハウティナではあったが、一応は夫の才覚に疑問を持った時は一度もない。

 そう、初めてこれから夫だと紹介された時に、目の前に立っていた貧相で冴えない少年。マーカシア・ラインブルゼン王国第3王子。

 彼を一目見た時から、ずっとそれは変わらない。


 ……でも女好きで親バカなのよね。

 自分の8人の子供の他、6人の妾と、彼女らが産んだ6人の子供。

 誰もが等しく生まれた順に王位継承権が与えられている。

 もちろん姫は婚姻と同時に王位継承権を失うが、それまでは女王への道が開いているという事実は変わらない。

 しかも他国に嫁いでも、最悪の場合は呼び戻すことだってできる。

 その為に、嫁いでいく姫にも成人の儀式を行うのだ。

 もちろんリスクはあるが、国の血統を絶やすわけにはいかない。それは”王権”の消滅を意味するのだから。

 その状況が今の状況を複雑にしているのだ。

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