第38話 では出発しようかね
一瞬だけだが、森で気配があった。誰かいたか?
なんて考えるのは馬鹿々々しいか。絶対に何人もいる。思惑は様々だろうけどな。
当然、敵もいれば味方もいる。問題は、どちらが強いかだが。
「だが今はこっちか」
フェンケは当然ながら目をグルグル回してぶっ倒れている。手加減をしたとはいえ、意外と手こずった点は褒めておこう。
しかし鎖だけでなく、鉄球の方までが強化ガラスとは意外だった。
砕いた棘が襲い掛かって来るのはなかなか肝が冷える。
しかも鎖で振り回しているせいで、思わぬ角度からの急襲だ。
まあ向こうは回避されて怒り頂点ってとこだったが、俺の回避は自動発動だから無理もない。
それでも当てて来るバケモノもいるが、こいつがその域に達するのはいつの日か。
「よっこらしょ」
だが今は、そんな未来の事を考えても仕方がない。
今はおんぶして運んでおこう――お、案外悪くない。
それより、呪文自体もそうだが高速詠唱とはね。
魔法に関しては知識でしかないが、高速詠唱は単なる早口とかではない。
どんなに早く詠唱をしても、魔法を形成できなければ単なる早口言葉だ。
だからそれを可能にするには、魔法の形成速度が常人を遥かに超えなくてはならない。本当に才能の世界だ。羨ましいねえ。
それにまだまだ若い。魔法だけを学んでいれば、今頃相当に高名な麒麟児として名を馳せていたかもしれない。
しかもガラス系のスキルも、あそこまで使えるなら魔道具技師としての道もある。
なんたって、1時間で武器を作って来たんだからな。
案外、想定以上に役に立つのかもしれない。
「末端とはいえ、王族に仕えるからにはちゃんと一芸は持っているものだな」
致命的な程に実戦不足。魔法自体のバリエーションも少なすぎる。
しかし確かに武器のスキルはそれなりにあったし、魔法はこれからだ。
案外、本当に魔法剣士といえるかもしれないな。剣じゃないけど。
翌日、悔しそうなフェンケと、それを面白そうに見る姫様と朝食を共にした。
一応は戻った時にメイドに着替えやベッドまでの運搬を任せたが、まさか俺がやったとか思っていないだろうな。
「それで、今日はもう出発なのですよね」
「そうなりますね。かなり危険になりますが」
「ここに残されるよりはマシでしょう?」
それはどうかな。この状態はそれぞれの派閥が睨み合っている状態だ。
当然、いるのは王室特務隊だけでもあるまい。
それだけに迂闊には動かないと思うが、乱戦になる可能性は無いわけではない。
結局1パーセントでも危険があれば、それが50パーセントに跳ね上がる危険な場所にでも連れて行くしかない訳だ。
どうせ失敗して始末されるなら、自分の力が及ぶ範囲で力を尽くす。そうやって納得したいのでね。
「支度は昨夜の内に全部済ませました。ただ、水が8日分、食料が4日分で良いのですか?」
「食料は切り詰められるし現地でもどうにでもなるが、水ばかりはな。地図もどこまで役に立つか分からないし、さすがにこの場所に関する天候の知識もない。他に減らせる物はないだろう。なにせあの山だ。防寒着や毛布、テントなどが優先だな」
女性2人に男が1人。バランスは恐ろしく悪いが、幸い武装自体は全員軽装なので何とかなる。
姫様は革の胸当てに革のブーツ。武器は無し。
フェンケはずっと使っているメイド服にモーニングスター。昨日ので予想は付いたが、フェンケの服は魔法で加工したガラス繊維だ。見ただけだと綿にしか見えないけど、まあ間違いないだろう。
姫様がそうじゃないのは襲われた時に確認済み。となると、こいつの魔法で作った魔道具は自分が中心で距離制限付きか。
その点はまだまだ修練不足だ。
「さて、では行ってくる」
「ご主人様方の無事をお祈りしております」
館付きのメイドの1人、カイナがそう言って深々とお辞儀をする。
やはりこの館の序列はこいつが一番上か。
だがそれを気にするのは戻ってからだな。
ここからは徒歩で進むしかない。タフな旅になるだろう。
というのは予想していたが、やはり想定以上だな。
切り開いたのは砦のようになっている部分だけ。
後は森林が続いた後、次第に傾斜がきつくなっていく。
フェルヴェンゲルト山脈。あそこを超えなきゃならんのか。
出来れば手前で良い獲物に会いたいものだけどな。
……と思いたいが、そんなモノがうろついていたらとっくに滅びているか。
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