【 魔物の世界へ 】
第40話 楽しんでいるのならそれで良いさ
その頃、丁度クラムもまた、王家について思いを巡らせていた。
もちろん、マーカシア・ラインブルゼン王国だ。
どう考えてもおかしなところが多すぎる。
自分に関する事、姫様に出会った事……この辺りは偶然だろう。
しかしそれ以外の全てに何かしらの意図が複雑に絡んでいる。ただ考えても答えなど出るわけがないよな。
「ほらほら、皆さん早く行きましょう」
まばらに背の低い草木が生えるだけの、ごつごつした荒涼たる岩の斜面。
そこらの岩も足元も石器のように鋭く跳び出ており、まるで刃物の様だ。
裸足で歩いていたら、今頃足は無くなっているだろうよ。
しかも遮るものも殆どなく無く、冬の強風は骨の髄まで凍らせるかの様だ。防寒着など何の役に立たない――とは言えないな。無ければ疲弊は無視できないものになる。
遠くから見たら薄黄色に見えたが、あれは太陽の関係か。
こうして近くで見ると一面灰色の世界。上は雪で真っ白だがあれは無視だ。行かないからな。
ただこの景色を見るだけで、人間は拒絶されているようだ。
正直、自分でもそれなりにしんどさを感じている。
「まって……くださぁぁぁぁぁぁい……」
フェンケに至っては、既に杖を突いてふらふらと付いて来るのが限界である。
良かったな、手頃な棒が落ちていて。
「もう、しょうがないですねえ。クラム様、少し休憩いたしましょう」
「様はいりませんよ」
「ふふふ、癖みたいなものですよ。兄上や姉上を様と呼んでおりましたし、その関係で衛士長や将軍も様と呼んでいました」
「それはお偉いさんですから」
「今のクラム様は、同様に偉いのですよ。それと、ここからは敬語は止めてください。今後の危険さはそれなりに承知しています。言葉を選ぶより簡潔かつ的確にお願いします」
「ふむ……了解した」
姫様のいう事はもっともだ。
ここから先は悠長に言葉を選ぶ余裕などないだろう。
「それにしても、“偉い”ねえ……」
魔道具でカモフラージュされている様だが、ここからだと俺の領地は見えない。
見えたとしても、ポツンとした点のような物だろう。
なにせ畑まで丸々囲んだとはいえ、結局は村一つ分の面積だ。今は最前線という事もあって兵が配備されているが、あの領地で賄える兵士自体は10人にも満たない。
「いま……おしょくじの……したくを……」
「良いからお前は休んでいろ」
しかし予定を大幅に上回るハードな移動だった。
などと過去形にするのは無理だな。今は標高1000メートル程度だが、ここから斜面はさらにきつくなる。
そしてこの地面、落ちたら最後、止まる頃にはバラバラ死体の出来上がりだ。
幸い、元々は交易があった国だ。険しいとはいえそれなりに道として使えるルートがある。
それにもうじきこの山を刳り貫く坑道に入る。もっとも、今では魔物の巣だろうけどな。
正直言えば入るか悩んだが、このまま峰を越えるのは無謀だろう。
水は何とかなった。元々そういうルートだったしな。
食料も、低レベルとはいえこの辺りは魔物が出る。こちらも解決だ。
だが足元と寒さばかりはどうにもならない。
この山専用の靴も、痛さを完全に軽減してはくれない。そして山頂から吹き降ろしてくる凍るような強風が想定をはるかに超えていた。
フェンケがレベルのわりに疲労困憊になっているのはそのせいだ。
普通の山なら、今頃息も切らせていないだろうにな。
それに対して姫様は元気なものだ。
レベル差もあるが、本当に気持ちよさそうに感じる。
普通のお姫様なら、今頃ガタガタぶるぶると震えているか、引き返そうと言ってくるところだろうな。
確かに城の蝶。それも変わり種として知られている末端の姫。外になど出た事はないし、こんな景色を見る事など一生なかっただろう。
だけどそれは――、
「なあ、姫様は……」
いや、いいか。
楽しそうなのは本当にそうなのだ。
ならば、俺が今ここで水を差す必要は無い。
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