第29話 こういう来訪者は嬉しくねえな

 雨粒の大きな音の中でも、2人の心音が聞こえる。

 こういう時、聴覚強化のスキルが良いのか悪いのか。

 温かさと柔らかさ、それに香りもあって、なんだか自分の中にこんな感情があったのかと少し驚いてしまう。


 参ったね。これじゃあ普通の人じゃないか。

 いやまあ、人間ではあるのだけどね。

 それにしても、いつの間にか2人とも寝息を立てている。

 雨音は酷いが、やはり疲れが酷いのだな、

 早く落ち着けるところで休ませてあげたいものだ。


「これはこれは、お邪魔でしたか?」


 突然目の前に現れた男。口以外を隠した兜、分かりやすい白にオレンジのマントと鎧。考えるまでも無く王室特務隊だな。感じる空気もあの連中と同じだ。

 しかしこいつは知らないな。

 まああの時一緒にいた男も知らなかったし、そんなものだろう。


 別に男に興味が無いという訳ではなく、あのババアがこちらにまで名前が流れてくるようなヤベー奴だったという話だ。

 もっとも、一番ヤベーのは名前が流れてこない奴にこそいるのだけどな。


 ただそれより一番の問題は、全く気配を感じなかったし今も感じない。

 それだけなら幻影の可能性もあるが、こいつが現れてから2人の体温や息遣いは感じるのに気配を感じなくなった。

 もし気配感知のスキルが無かったら、この異常な状況に気付く事も出来なかったな。

 そういったユニークスキルか魔法。しかも範囲と考えるべきか。


「お邪魔も何も、身分が違いますんでねえ。その位の自制心はありますんでご心配なく。雨もきついとは思いますが、見ての通りここは満席です。そろそろお帰りになられてはいかがでしょう」


「そこなんですが、なかなかの自制心に感服は致します。しかし周りはそうもいかない。いつ欲望に負けて姫様の方に手を出すかを心配しているわけです。さてそこで朗報です」


「そういった前置きで朗報だった経験は無いのですけどねえ」


「まあ大抵の人は喜ぶのでは? などという余談は必要ないでしょう。クラム・サージェス。汝を子爵に叙爵じょしゃくする。所領はルーベスノア村。以後はクラム・サージェス・ルーベスノア子爵を名乗るが良い。との事です。あ、拍手は要りますか?」


 との事ですじゃねーよ。明らかに自由から遠ざかっているじゃねーか。


「男爵をすっ飛ばしていきなり子爵とは仰天ですねえ。しかも所領がルーベスノア村とはまた随分とちっこい。あそこ人口何人でしたっけ? ちょっと爵位と領地がアンバランスに感じるのですが気のせいですかい? 権威の欠片もなさそうですが、その意図は?」


「其方に関してはあまり心配はいりません。男爵の娘に手を出せるという事が重要ですので」


 全く重要性が無い。


「それと村には駐留軍がいます。その指揮官が、無名の一般人では箔がつかないでしょう」


「今何と?」


「ですからルーベスノア村が貴方の領地になった訳ですので、そこに駐留する軍は貴方の指揮下に入るわけです。そもそもレベル屋を作るには資金も人員も必要でしょう。ああ、金銭面は心配いりませんよ。さすがに村の収益では兵士10人も雇えませんからね。駐留軍や何かの建設費など、必要な予算はこちらで出します」


 ここでありがたいと思ってしまう所が、なんだか掌の上で転がされている様で気持ちが悪い。

 だがこれは実質命令だ。拒否は出来まい。

 というか、しても意味がない。

 けれど――、


「それは良いとして、そんな功績も無い人間が貴族になりましたといって、誰が従うんです? 表面上は従うかもしれませんが、そんなもの何の意味もありませんねえ」


「それに関しては一応問題無いと聞いております。サージェスは元々貴族の家系です。今回はその血統を再建させますが、実績が無いので領地はルーベスノア村のみという話の流れです」


「いやいや、それはさすがに初耳ですわ。これでも浮浪児であったとはいえ、親や祖父母の名前や身分くらいは聞いておりますよ。とてもとても、サージェスが貴族の血統なんて聞いたこともありゃしません。親から継いだ性ですから名乗ってはおりますが、そんな御大層な由来はありませんよ」


「記録によると2千年ほど前に子爵であったそうです」


 建国前じゃねえか。あのババアの入れ知恵だな。

 だがでたらめでもあるまいし、裏だって取るだろう。おおかた古代の文献にもあったのだろうが、違う王朝でも良いものなのか?

 とも思うがあまり関係はないか。そもそも今の王家がまだ3代目。所属する貴族は滅ぼしたり占領した領地の連中が多い。

 今いる子飼いの貴族も、戦場で手柄を立てて昇格しただけ。

 歴史を持たないハリボテには違いはないか。


「それとそれなりに箔も必要になるでしょう。手続きはこちらでしておきますので、そちらのメイドと婚姻してクラム・リングロット・サージェス・ルーベスノア子爵と名乗るのが良いかと。まあ妻側の性を貰うのはあまり一般的ではないですが、何事も権威あってこそです。それでは、あとの判断はお任せします」


 任せるなよ。

 しかしどうするつもりなんだ?

 俺は村に着いたら姫様を前面に立てつつ、自分は偽名を使う予定だった。

 なのに、まさかこっちが矢面に立つことになるとは思わなかったぞ。

 何せ俺はお尋ね者だからな。

 同名ですと言ってごまかす事も出来るが、余計な火種をおこす必要が無い。ところが、今こいつが火種どころか火をつけやがった。


「いや待ってくださいな。そんな名前を名乗ってどうなりますかねえ。幾ら辺境でも、兵士や補給隊は近隣の町からの来ているわけですよ。中には王都の噂くらいは知っている人間も多いと思いますよ。何せあのレベル屋は有名店ですからねえ」


「その犯罪者が1月足らずで貴族になって姫様と一緒に来たとか、信じる方がおかしいと思いますよ。しかも男爵家の娘と結婚している。同一人物だと結びつけるのは難しいかと。あ、ちなみに没落して領地も無く、忘れ去られていた貴族って事になっていますので、当然式典などはありません。危険地帯を任せるために最適だという事で領地が与えられたって事になっていますから」


「確かに没落していたのは間違いないようですがねえ。2千年前ってのはちょっと言い訳に困りますが」


「正式な歳月など、言う必要も無いでしょう。そんな訳でこれをお渡しします」


 防水シートにくるまった大きな荷物がドンと目の前に置かれる。

 中身はもう大体予想がつくな。

 全部準備をしてくれて至れり尽くせりだが、このまま話が進むのは癪に障る。


「必要なものだから受け取っておくが、名はクラム・サージェス・ルーベスノア子爵で良い。後はこちらで何とかしよう。どうせ細かく口出ししてくるのだろう?」


「目つきと雰囲気がガラリと変わりましたね。思わず武器を出してしまうところでした。そちらが素という訳ですか」


 しらじらしい奴だ。そんな事、とっくに知っているだろうに。

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