第49話 やっぱりこんなもんだろうよ

 行きたくないのは事実だが、まあ仕事であれば躊躇う事はない。

 ただそれは一人で行った時の話。自分が命を落とすのは、それはそれで仕方がない事だ。

 世の中の因果は巡っているという。そんな話に興味はないが、それでも今までに屠った数は3桁を超える。

 次は自分の番になった所でどうでも良い。

 ただ姫様とフェンケは戻してやらないとな。彼女らは、まだ逝くには早すぎるだろう。


 そんな訳で、慎重に漆黒の森へと入る。当たり前だが中は真っ暗だ。他の表現のしようがない。

 暗視のスキルもこうなるとほぼ役に立たない。これは限りなく暗い世界の中にある僅かな光を強調するスキルだ。真の闇の前では意味がない。

 それがまだ役に立という事はかすかに光が漏れているという事だが、そいつももうじき消える。


「夜になる前に休息の準備に入ろう」


「あたしたちはまだ大丈夫ですよ」


「セネニア姫様のおっしゃる通りです。私もまだ当分大丈夫ですよ。それに休息ならこの森に入る前の方が良かったのではないですか?」


「境界線だと飛行型に襲われる事もあるし、挟み撃ちになった時に視覚の調整が追い付かなる可能性があってね」


「暗視のスキルですね。確かに切り替えが大変そうです」


「そんな訳でまずは火だな」


 自分でも“こいつは本当に燃えるのか?”と思いながらも落ちている枝を拾い集める。

 その辺りは黒いだけで普通の森だな。

 だが燃やした炎が黒い。確かに金属とかを燃やすと色が変わったりもするが、どちらかといえばこの炎でも明るくなるのは実に不思議なものだ。


「この炎で料理しても大丈夫なのでしょうか?」


 料理係のフェンケはかなり不安そうだが、それでも食材をもう用意しているのはさすがだ。

 といっても、途中で入手したマンティコアの肉しかないが。


「木もあるし普通に燃える事も分かった。今のところは黒いだけで普通の森だな」


「遠くが全く見通せないのは不気味ですけど」


「まあたしかに」


 黒い炎で照らされているのはせいぜい10メートル程度だろう。

 それより遠くは暗視スキルでも見えないな。まるで世界からくり抜かれたようだよ。

 初めての風景はなかなかに新鮮だ。こういった物が見られるのなら、やはりレベル屋なんてやっていた頃よりずっといい。たとえ命がかかっていたとしてもな。

 ただ今は2人の命も背負っている。そこがちょっと重いか。


「はい、出来ましたよ」


「では頂きましょう。肉だけのスープですが」


「一応は色々な部位を入れましたので、それなりに違いはあると思います」


「まあ肉だけなのは変わらないけどな」


 この森にも、一応見える範囲にキノコとかは生えている。

 だが食べる勇気は出ないなあ。100パーセント知らない魔物だし。





「それでどうするのですか?」


「普通に休むよ。無理をしようと思えばできるが、それは今じゃない。するべき時にだ」


「わかりました。それでは休むと――」


「いや、待った」


「何かあったのですか?」


「足音だな。それも結構な数だ。鎧の音だがまちまちだな。バラバラの装備……それに独特の響く音。なんか聞き覚えがあるというかよく聞く音だ。だけどこんな場所で聞いた音じゃないな。まあ数は多いがどう考えても俺の目的とは合致しない」


「相手は何ですか?」


「そろそろ響いて来ているだろう?」


 普通のスキルが無い人間でも、そろそろ森全体から響いてくる音が聞こえるだろう。金属の鎧の音と、カラカラと乾燥した骨の音。


「これは……」


「まだ人の姿を残しているとはいえ、容赦はするなよ」


「そんなことしませんよ。ちゃんと心得ています」


「この音は……スケルトンですね。大丈夫です。鈍器はこういう相手に強いんです」


 二人ともやる気は十分だ。

 それでも、実際に見てしまったらどなるか――、


 黒い炎に照らされた先から、まるで墨から湧き出して来るかのようにスケルトンの群れが来る。

 普通のスケルトンでレベルは2~3。スケルトンロードともなれば10を超える個体もいる。普通なら強敵だ。

 後はスケルトンメイジもいるだろうな。魔法以外、レベルは普通のスケルトンと変わらない。

 ただこっちは生前に覚えていた魔法を使ってくる分だけロードより厄介かもしれん。

 一般人からすればの話だが。


 音からすれば数は大量にいるが、いくら集まった所で敵ではない。

 だが、その姿を見て2人が硬直したのが分かる。

 まあそうだろう。


 鎧や武器に刻まれた紋章は、今やロストベン魔国と呼ばれるロストベン王国の物だ。

 激しい戦いがあったのだろう。鎧はボロボロ。骨の体にも欠損があるものが多い。

 棘が刺さっていたり、中には片足が無く、槍で支えながら歩いて来る者もいる。

 頭骨が半分無いのは、獣型にでも食いちぎられたか。

 そしてその中に混ざる、農業用の鍬や棍棒を持った者。服からして農民や商人。そして男に女、サイズからして子供も多く混ざっている。


「ク、クラム様……これは」


「魔物相手に国が亡びるというのはこういう事だ」


 予想はしていたが、この様子だと生き残りがいるかは本格的に怪しくなってきたな。

 スケルトンらのアンデッドは魔物ではあるが、正確には魔物ではない。意味合いとしては魔物の道具だな。この状態で湧いて出る事はない。

 これはあくまで元は人間。何も身に着けず綺麗な状況で出てくれば普通に動く骨程度の認識だっただろう。

 しかし彼らは生前の様子を色濃く残している。

 骨だし服を着ている分、逆に死因がよく分かるな。


「事前に言ったが、容赦はするなよ。したところで、それは逆に死者への冒涜だ。ただしぶといからな。両手両足を潰し、噛めないように頭も砕くように」


「は……はい」


 今の姫様は、彼らの姿を自国民に重ねて見ている。

 危険が無い相手とはいえ、精神的な影響は出るだろうな。

 それは一体、どんな感覚なのだろうか。


 その点、フェンケはやる気がみなぎっている。


「お任せ下さい。あの程度の相手に後れは取りませんよ!」


 うん、こういう時にあまり考えないタイプは助かる。


「それじゃあ、ここは任せた。火の明かりがある範囲でのみ戦うようにな。それと絶対に油断するなよ。他に何が混ざっているか分からん」


「クラム様は何処へ?」


「こいつらを操っている魔物がいる。それを探して来るよ」


「わかりました。ご武運を!」


「ああ」


 こうして、俺は目の前のスケルトンを倒しながら漆黒の闇へと飛び込んだ。

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