第16話 町に行くのは自殺行為か

 ただこの状況、時間が無いのは事実だ。


「すみませんが姫様、状況は理解して頂けていると思います。そっちのメイドもな。ここに留まるのも、城に帰るのもダメですが、林道に戻るのもいけません」

 

「なぜですか? 確かに大変ですが、林道から急げば明日の昼には別の町に辿り着けます。そこで休息すれば良いではありませんか」


 確かにレベルを考えれば、その位の無理は効きそうだ。

 しかしそうもいかないんだよな。


「日が登ったらさすがに城の兵士が来ますね。それが果たして敵か味方か……判断は出来ません。ではどういたします? 付いて行きますか? それとも……」


「……ではここからどこへ?」


 話が早くて助かる。


「歩いてきた感覚で、場所は把握しております。ここから獣道を通って他へ行くべきでしょう。ここからだと一番近いのはビスロットの村ですね」


「森から出たあたりですが、ほぼ反対側ですね」


 そう。位置としては王城、予定の町、そしてこれから行く村は丁度円を三等分したような位置関係になる。

 しかし林道は町にしか繋がっておらず、距離的には似たようなものでもあそこは森という壁に阻まれて孤立している。もっとも手薄だろう。


「そんなわけで、ほい、どうぞ」


 上着とシャツ、それにズボンを脱いで姫様に放り投げる。パンツは残すぞ。当然だな。

 そしてこんな時だけレベルの高さを発揮するメイド。素早く木の棒を拾うと、せっかくの服を叩き落としやがった。


「お前なあ、そんな薄手のひらひらドレスで獣道を歩かせるつもりか?」


「し、しかし、殿方の――それもそんなに血まみれの不浄なものを」


「ほらほら、文句があるならお前が用意してみろ、ほらほら」


 ほっぺたを人差し指でぐりぐりすると、何も言わずに真っ赤になってグヌヌとでも言いそうな顔になる。

 しかし思ったより柔らかくてすべすべだな。

 しかもこのボディ。

 俺が何かをするわけではないが、それでもあのゲス共には勿体ない。


「わ、分かりました。もう止めてください」


 おっと、やり過ぎたか。

 メイドは渋々と俺の服を拾うと、号泣しながら姫様に手渡した。

 うん、色々な感情が渦巻いていそうだな。


 その間に、こちらは刺客の服を頂く。

 深い緑のマントに同じ色で統一された上下の服。全員同じだな。

 いやー、フード付きのマントが欲しかったんだよ。やっぱり顔が隠れるのは良い。

 それに服も悪くはないな。コイツは額に一発だったから服は綺麗なものだ。

 大体この気温だ。いつまでもこんな格好じゃいられない。多少軽装なのがちょっと残念だが、さっさと着替えるか。


 死体はまだ沢山ある。

 本当は姫様やメイドもこっちの服の方が良いのだが、たった今まで死体が着ていた服はやっぱり駄目だよなあ。

 それでもローブは拾っていくか。こいつは必須だしね。


 死体はどれも神殿関係者だが、当然経典と対になる宝石以外に身分を示すものは持っていない。

 これはいらんな。俺には判別はつかないし。それに持っていると問題もある。

 一応、日々の修行や教義、歴史、そういったものは全部頭に入っている。関係者に成りすます事は簡単だ。

 ただ村に怪我人とかがいたら大変になる。

 聖教魔法を使ってくださいとか言われたら困ってしまうのでね。

 当然無理な話だよ。


 そんな訳で着替えて戻ると、服が入れ変わっていた。

 姫様がメイド服。メイドはというと、俺が今まで着ていた血まみれの服だ。

 さすがにそれぞれ10センチも身長差があると、全員ちょいとぶかぶかだな。

 だがまあ、これはこれで需要が高そうだ。


 それに、なんだか姫様の方は目をキラキラと輝かせてくるくると回っている。

 毎日見ていたろうに、着たかったのだろうか?

 つかさ、メイドの方は全身から闇のオーラが出ているぞ。魔物にでも転生するつもりか? そもそもそんなに嫌か? いや分かるけどね。

 だが姫様に着せたくはなかったのだという忠誠心と、他に選択肢が無いと判断した事は認めよう。

 だからそう睨むな。


「あとこれも」


 二人にもローブを渡す。

 メイド服も血まみれの服も、これから村に行くのなら隠さないといけないのでね。


「それでは急いで進みましょうか。万が一のこともあるので、夜明けには到着したいですね」


「そこからはどうするのです?」


「こちらは馬でも買って放浪の旅ですが、そうですねえ……」


 姫様が聞きたかったのは、自分自身がこれからどうしたら良いかだ。

 お姫様のわりに、意外と状況の異常さに動じてない。

 さすがに初めて人を殺した時には倒れてしまったが、その後の戦闘や大司教の裏切りに関しても綺麗に頭のスイッチを切り替えている。


 だがまだ15歳。それも高貴な身分だ。自分が襲われたという事も、王家に近い最高権力者が自分を弑逆しいぎゃくしようとしたことも、その主犯が身内だろうという事も、一人で抱えるにはきつすぎる話だ。

 俺の様に、最悪の場合は自分でどうにでもなる人間とは違う。

 メイドは役に立たないし。


「何か言いましたか?」


「いや、何も」


 顔に出たわけなどないが、ちょっと視線を送ったのを気付かれたか。

 余計な所だけ鋭い。


 ただ正直言って、これ以上この問題に関わり合いになりたくない。

 ただでさえお尋ね者なのに、王室の姫を連れて行ったとなれば間違いなく誘拐犯だ。

 まさに極刑間違いなしだな。今と変わらんけど。

 例え姫様が擁護しても無駄だろう。なぜなら、姫様を殺す時に俺が邪魔になる公算が高いからだ。

 しかも完璧に足手まとい。謝礼目当てだったが、こうなると貰ったところで足が付く。得になる事は何も無い。


 しかしまあ、報酬を貰うまで付き合うと約束した。

 すぐとまではいかないが、それまでは守ってやるのもいいだろう。

 これも何かの縁だしな。

 それに、王家の全てが敵とは限らない。

 そこから切り崩していけば、姫様が戻る日も近いだろう。

 その頃には冤罪も風化するか秘匿され、俺は報酬をもらって田舎で悠々自適の生活だ。

 よし、それで行こう。


「ところでですが」


「何だ?」


「さきほど私の事を駄メイドとか言いましたね」


 マジかよ!?

 あの状況でちゃんと聞いていたのか。

 俺のメイド評価がワンランク――、


「いでででででで!」


 尻を思いっきりつねられた。根に持つタイプか。


「止めろ止めろって、お前の方がレベル高いんだぞ。俺の柔らかで滑らかな尻を引き千切るつもりか!」


「私よりレベルが低い? 何の冗談です?」


「事実だよ。レベル屋で働いていたから結構近いレベルまで上がっているとはいえ、それでもお前の方が高い。これでもプロだったし、その前にも色々あったからな。レベルは見れば大体分かる」


 実際、俺のレベルは55。メイドのレベル64には遠く及ばないんだよ。

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