第18話 馬さえ手に入ればなんとかなる

 とりあえず、人がいるのだから話は早そうだ。

 村の周りには2重の柵に川を利用した堀。さすがに王都周辺に魔物は出ないが、害獣対策って所か。

 対人用では無いと感じたのは、造りが甘すぎる点と出入り口が多すぎるからだな。

 その内側に畑や家があり、丁度こっちに何人かが桶を持って来ている所だった。

 おおかた、ここの堀になっている小川が貴重な水源なのだろう。

 農業用水にも利用している様だが、あっちはさすがに使えないか。


「おや、珍しいねえ」


「森から人が?」


「こんな朝早くにどうなさったので?」


 人数は8人。全員女性だな。

 まあ水くみはそうだろう。


「王都からキノコを取りに森に入ったのですが、ついつい街道から離れすぎてしまいまして。何とか森から出ようと必死で彷徨っていたのです」


「あらあら、それは大変ねえ」


「そんな訳で、お金は払いますので簡単な食事と寝られる場所を何処か紹介して頂けませんか? 先ずはゆっくり休みたいので」


「それはそうでしょうねえ。ここから王都までって、結構大変ですしねえ」


「私、一度も行った事が無いわ」


「そりゃねえ、よほどのことが無ければ行く理由が無いもの」


 こうしてワイワイとしゃべりながら案内されるが、森一つ挟んだだけとはいえ、やはり王都とは縁が浅い様だ。

 この村の主要な交易場所は、森を突っ切った王都ではなく平地の先にある普通の町。

 ある意味当然だな。ここは希少な特産品があるわけでもない普通の村だし。


 それより特に何も言われないのに、フェンケが主人、姫様が従者という姿勢を守っている事に驚いた。

 ローブで隠れているとはいえ完全ではない。目ざとい奴は気が付くだろう。

 そんな状態でメイド服の方が命令していたら、悪目立ちは避けられないからな。

 一応は村が見えた時に話したが、特に反論も無かった。

 俺が言うまでも無く、ちゃんと生き抜く術を考えているわけだ。

 ただまあ部屋に案内されるとすぐさま――、


「セネニア姫様、申し訳ございません!」


 と深々と土下座したのは驚いた。

 姫様の方は全く気にせずウキウキと楽しんでいたようだが、このメイドにとっては相当なストレスだったようだ。

 この後パンとチーズ、スープにミルクを馳走になり、きちんと代金を払った。


「いいですよお」


 とは言われたが、ここは払うべきだろう。

 キノコ採りで迷ったという設定だが、そこは王都の人間。多少の小銭は持っているものだ。

 もっともこの後で馬を買うので小銭どころではなくなるが、何か怪しまれてもその頃には俺たちは隣の町か更にその先だな。


「それでは、ちょっと村で情報収集をしてきます。2人はここで休んでいてください。先はまだ長いですから」


「クラム様は休まないで良いのですか?」


「いやまあ……というかその呼び名、そろそろやめましょう。これからはクラムという事で」


「ふふー、今はお二人に仕えるメイドなのですよ。きちんとクラム様とお呼びしませんと」


 なぜそこでドヤ顔。


「でも、無理はなさらないでくださいね」


 珍しく本当のメイドが心配そうな顔をするが、今は俺が生命線だ。別に驚く事じゃない。


「じゃあ行ってきます」


 今の所、村は平和な事は分かった。

 何せ特有の殺気が無い。ちょっと物珍しそうな視線を感じるが、それも薄い。あまり興味は無いといった感じだ。

 元々村というのは孤立しているわけではない。王都周辺ともなれば猶更だよな。

 近くの町は人口も多く、この辺りは魔物も出ない。

 当然人の行き来は盛んで、多分さっきのチーズやミルクなんかは夜明け前には男が町に売りに行っているのだろう。

 そしてたまには町から商人も来ると。


 ある意味最高の立地だな。

 今頃気が付いたとしても、森を迂回してくるには相当に時間がかかる。

 相手の数次第だが、そんな人員の余裕などないかもしれない。もう一つの町の方に割いているだろうしな。

 まあそれは楽観視し過ぎだが、いざとなったらどうにでもなるものだ。


 それより予想通り馬を扱っている家があった。

 ここから隣町まで荷物を運ぶのに馬は必須。牧畜にも農業にも当然使う。

 だから必ず馬産家があるわけだよ。

 ただ町と違って馬車が無いけどな。

 一応2頭買うとして、姫様とメイドはちゃんと扱えるのだろうか?

 身分を考えれば、ちゃんと扱えると信じたいがね。





 ■   ■   ■





「今戻りました……って、寝ているか」


 さすがに疲れていたのだろう。2人とも毛布くるまってくっついて寝ていた。

 しかしどうすっかな。

 夕方まで寝かしてあげたいが、さすがに追手の危険を考えればそうもいかない。

 誰が首魁かわからんが、失敗した以上は一番怖いのが発覚だろうしな。

 こうなると馬車が手に入りそうになかったのが痛い気もするが、これからの予定を考えればどうせ長くは使えない。

 いっその事2人をズタ袋に入れて、空馬の左右に吊るして運ぶか?

 また交渉はしていないが、馬の方は十分に買えそうな数は飼育されていた。こっちは問題無かろう。


「もう……出発ですか?」


「起こしてしまいましたか。申し訳ありません」


「いえ、おそらくすぐだと思いましたので。それに本格的に休むのはここを離れてからで十分です。そんな訳で起きますよ、フェンケ」


 寝ている。


「フェンケ、置きなさい、フェンケ」


 まだ寝ている。よだれ垂らして見事な熟睡っぷりだ。


「フェンケ、ダメですよ。よっと」


 ――ドスン!


 躊躇なく行われるバックドロップ。姫様それどこで覚えた。


「ぐげっ!」


 メイドもなかなかな美少女であるが、そうとは考えられない声が出たな。

 だが木製の床が壊れなかったし首も折れていないから、結構手加減はしたようだ。


「起きましたか?」


「ふぁ……ふぁい……」


 いやまあ今の時間は金より重い。命がかかっているのでね。

 まあ俺の命は羽より軽いが。

 それにしても、姫様結構容赦ないよねというか、王族には見えんわ。

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