第19話 さらば小さな村よではあるのだがね

 そんな訳で2人を引き連れて馬産家へ。

 この時間はずっと放牧されているな。


「やあご主人。ちょっといいかな?」


 実際に主人かは知らんが、とりあえず一人しかいなかったので恰幅のいい初老の男に声をかける。

 規模からして間違ってはいないと思うが……。


「……確か王都から来た人だったな。悪いが馬は貸せないぜ。よほどの担保があればともかくだが、そんなものは持ち歩いちゃいないだろう」


「いや、買いに来たんだ。1頭いくらだ?」


「何の冗談かは知らんが、金貨12枚だ」


 少し高い気もするが大体相場だな。

 ここにいるのはどれも荷馬車を引いたり普通に長距離を移動するための馬だろう。

 今は足の速さより持久力だし、毛艶も体格も悪くない。

 俺が馴染みの商人なら半値ほどにはなりそうだが、あくまで一般客としての値段って所か。

 ただ欲を言えば軍馬が欲しかったが、これは仕方がないな。


「おやじ、あの馬とあの馬を売ってくれ。金ならあるので問題は無い」


 そう言って、30枚ほど金貨を入れた袋をちらりと見せる。

 俺が親方からせしめた金はもっと多かったが、まあ相場から計算した量だ。

 それにこの位の額ならまだ誤魔化しようはある。


「なかなかの目利きだが、それ以前にお前さん、素人じゃないな」


「これでも商家の下働きだった事もあってね」


「なるほど、なら最初に叩きこまれるだろうな。何しろ、馬の世話は初歩の初歩だ」


 まあ俺の最初の仕事は殺し合いだったけどな。あれを仕事というのであればだが。

 選んだのは当然いい馬だが、絶対に群れのボスは売らない。ナンバー2やナンバー3もダメだな。

 彼らはこの場産地を支える大事な種馬だ。交渉するだけ無駄。

 メスもダメ。そんな訳で、選ぶのは当然ながら残ったオスからになる。

 後は群れから外れがちの、健康的な若いのを選べばいい。

 ここであれやこれだと交渉する時間は無いからな。


「それでいくらなんだ?」


「2頭で金貨25枚と言いたいが、正直どれだけ出せるんだ?」


 金を見せなければもっと吹っ掛けて来たな、これは。


「いや、普通に2頭買おう。ただ急ぎ出立したいからもう3枚出す――実はそれなりに身分のあるお方でね。こういう時の準備もしてあるって事だよ」


 ――と、そっと耳打ちすると得心した様子だった。


「分かった。なら鞍と荷袋も付けてやろう。今後もうちの馬を贔屓にな」


「ああ、主人にも伝えておこう」


 単なる一時的な雇い主だけど。


 主人が馬を捕まえに行っている間に代金を用意して交渉成立だ。

 ただ問題は、


「それでお2人ですが、当然馬には乗れますよね?」


「当たり前です」


「さすがに6女ともなると、そこまで大切にされる身分ではありませんよ。自分で乗れなければ何も出来ませんからね」


 まあこの姫様の場合、もっと地位が高くても何だかんだで乗馬を覚えた気もするけどな。


「それでは、今は主人ってことになっているメイドと姫様で1頭。もう片方はこちらが乗りましょう。それでいいですね?」


「異論はございませんが、先程の話ですと向かった方向で怪しまれませんか?」


「危険はさほどないですが、それでも道なき森の外周を迂回するのは大変ですよ。残金をわざと少なくしたのも布石です。これなら街道を通って一番近い町へ行くと考えるのが自然でしょう。何せこの残高では、外周を通るだけの物資は揃えられませんからね。一応明かせないが貴人である事は伝えました。なにせ金を持っていた事は誤魔化せませんし、町に行けば何とかなる立場である事を知らせるのは悪くは無いでしょう。まあ向こうもご理解いただけたようなので、町から王都までの帰路も考えて荷袋も付けてくれたのですよ」


「へえ」


「それに追加の金が口止め料だって事も分かっているでしょうね。向こうも上のごたごたには関わり合いたくないでしょうし、適当に誤魔化してくれるでしょう」


「そんな事まで考えていたのですか」


「なんだか手馴れていて面白いですね」


 いやいや、姫様。ここは面白がっちゃいけないぞ。





 ■   ■   ■





 こうして無事に馬を入手。ついでに手頃な服と食料を入手して街道を走るが、途中で迂回して別の森へと入った。

 こちらは最初の森と違い、ほぼ山だな。まあ登る気はないが。


「それで、なぜこんな人気ひとけのない所に……まさかとは思いますが」


 だから馬上でナイフを持つな。危なっかしい。馬を操っている姫様に当たたらどうする。

 しかも聖教の刺客が持っていた奴じゃないか。

 ちゃっかり拾ってくるあたり、案外抜け目がないな。


「人気があったらまずいんだよ。取り敢えず休憩だ。姫様の騎乗も危なっかしいし、そろそろ限界だろう。今は気力が優っているが、そういう時が一番危険だ。突然縄が切れるように意識が飛んで、今度はそう簡単に起きられなくなる」


「そうなんですか?」


「そうなんだよ。これからどうなるかは分からんが、少々緊張感のある旅になる。もう分かるだろ?」


「十分に」


「大丈夫ですよぉー……まだ食べられます」


「こんな状態だ。ここまで色々あり過ぎたが、村では満足に休めなかっただろ。このままじゃ限界は近い。だからいっその事、ここでそれなりの休息を取ろうって訳だ」


 メイドはぷくーと膨れているが、これは俺の言葉というよりその状況になった事に対してだな。

 正直言って、コイツが素直に付いて来るとは思わなかった。

 こっちを無視して街道をひた走っていく可能性もあったんでね。

 その時はそれで良いと思っていたが、こいつもこいつで、今は生きるために必死という事か。

 家の事も心配だろうが、この状態で気にしても仕方がない事くらいは分かるよな。


「だけどここからはゆっくり休める旅にはならないだろう。そんなわけで、休める時はゆっくり休む。今日は食べるだけ食べて一晩寝て、そこから先は情報を集めながらの逃避行だ。どんなルートで何処へ行くかは起きてから考えよう」


「そうですね。何人か味方になってくれそうな方はおりますが、あの大司教様があのような状態でした。短絡的に考えない方が良さそうです」


 姫様も多分文句はないだろうが、こちらは当事者だ。今度しっかり確認しよう。

 それにメイドが協力的なら、当面の心配は何もない。さすがに落ち着いてきて、状況の整理も付いてきた様子だしな。

 日常……ではないが、メイドが暴走しないなら他の事に思考を回せる。

 ある程度は状況に流されるままになるが、とにかく安全の確保か……。

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