第20話 しょうがない先輩たちだねえ

 今の状況とこれからの事を簡潔に話した後は食事となったが、やはり無言だったな。

 それぞれ思う所はあるだろう。

 そして食事が終わると、あっさりと2人とも寝落ちした。


「しょうがねえなあ」


 まだ本格的ではないにせよ、冬の寒さは静かに体力を奪ってしまう。

 2人の肩にそっと荷袋をかける。

 さすがに高級な毛布などは村では調達できなかったからな。今はこんなもので我慢して貰おう。

 まあないよりはマシだとは思うよ。それに姫様のレベルを考えれば、本来ならここまで疲労する事は無い。それどころか、全裸でも平気だろうね。


 ……が、やはり始めて明確に浴びせられた悪意は心に深い傷を残すものだ。多分な。

 今は十分に休んでもらって、何処かの町で簡単な防寒具くらいは買うとするか。

 さて、俺は俺で一仕事だ。何とも面倒な事に首を突っ込んじまったなあ。





 ■   ■   ■





 先ほどから気配を隠していない。むしろ呼んでいるな。

 夜道を歩きながら、そんな事を考える。

 全く……せっかく自由になったのだから、のんびりゆっくり田舎で小さな畑と狩りで生活しながら――そうだな、地元の嫁さんでも貰って普通の人間になるのも悪くはない。

 そんな風に考えていたんだけどなあ。


「おまたせ。やっぱり商家が一枚かんでいましたか」


「今回の件に関して、本家は関与していない。問題は、お前が自由になったという事だ!」


 そりゃそうだ。プリズムポイズンワームの件に関しては、あのハゲの一存だろう。

 俺を取り戻すために、わざわざ誘導したとは思ってなどいないさ。

 それに姫様の事も無関係。敵でも味方でもなく、どうでも良いという感じだ。

 個人的には、スカーラリア家がまだしっかり残っている事に驚くね。

 いやまあ世渡り上手だから家は残っているだろうが、ここまでの勢力を残している事がだよ。


「まさか戻って来いと? 政治取引で人を売っておいて、そりゃあ無いでしょう。拾われた義理も十分果たしたと思いますよ」


 取り敢えず両手を上げて敵意が無い事を現しておこう。


「戻すわけが無かろう。主人の考えは一つだけ、お前が復讐にくるという事だ」


 ギャグで言ったのかな?

 さすがにこの緊張感で笑う訳にもいかないが。


「そりゃないわ。というかさ、俺の性格は十分に承知しているでしょう、”先輩”」


 そう。目の前にいるのは俺が所属していた商家であるスカーラリア家の”便利屋さん”。

 それも先輩の方々だ。おっと、後輩もいるな。

 ただ目の前には先輩1人だけ。他は森の中か。

 同業だけあって、今までの雑な連中とは気配が違う。


 教団の連中が発する気は強かったが、連中には信仰という強力な自信があった。そういった連中なのだから驚きもしない。

 しかし目の前にいる連中は全く逆。強いのではなく弱い。まるで木の葉の裏にいる虫の様だというべきか。

 彼らは自分たちが強いなどという慢心を欠片も持っていない。むしろ病的なまでに憶病だ。

 動けなくなったら死。血痕を残すようなヘマをしても死。ましてや捕まったら何をされるか分からない事を熟知している。

 同業者でなければ、存在を感じる事も出来まいな。

 面倒ごとは本当に嫌だねえ。


「何が性格だ、お前にそんなものはあるまいが。ただ可能性などというあやふやなものに、自らの命をかける気はないという事だ」


 闇夜から音もなく飛来する矢。

 矢じりもない、羽もない。得物も音のない短弓。威力は無いが、その分毒付きか。


「可能性といいますと、ここで自分が命を狙われている事を知りまして、逆に安全のために逆襲に行く事は考えませんので? 藪を突いて何とやら。元々復讐なんてする気なら、あんなところ自力で抜け出すなんて雑作もないこってすよ。これでも義理立てして奴隷なんてやっていたんですけどねえ」


 先輩は何も答えないが、互いにもう問答はいらないか。

 確かにこういった仕事に特化はしていると言っても、所詮は小さな元自治区の暗部だ。

 開始と同時に一瞬動いた感情は、位置を教えるのに十分すぎる。

 ただ失敗作とはいえ、相当に苦労して作った成果だろうに……いや、だからこそ逆に怖いのか。





 元々無音仕様の短弓では、射程は無いに等しい。

 あれは本当に暗殺にしか使えない。

 それだけに、仕留めて回るのは簡単だ。

 それよりも、2日続けて夜の森の中で戦うってどういう事よ。

 俺何か悪い事をしたか? 多分考えるまでも無いが。


 横から飛んできた短剣を短剣で受けると、今日初めて大きな金属音が鳴る。

 あとは誰かが倒れたり木から人が落ちる音以外、悲鳴どころか足音すらない。

 俺たちの様な者の戦いは、実に静かなものだ。闘技場ならブーイングものだな。


「とまあそんな訳で、自分が善良で人畜無害だという話の続きをしたいのですがねえ?」


 とはいっても、先輩の喉は掻っ切ったので何も答えない。

 他も全部仕留めた。

 今のはちょっとしたジョークだが、この性格が悪いのではないかと思わないでもない。今度変えておくか?

 だけどそれ以外は本当に善良だと思うよ。

 ちゃんと恩は返すし約束も守る。

 今だってどう考えても足を踏み入れちゃいけない王家の陰謀なんてものに踏み込んでいるわけだが、それも約束しちゃったからだ。


「うんうん、自分の義理堅さが恨めしくなるねぇ」


「そうか、そんなに義理堅いのか」


 それは、全く予想していなかった。

 思わず本能でダイブし、転がりながら藪に入る。

 端から見たら無様だが、何が飛んでくるかわからない。


「おっと、驚かせてしまったか。すまなかったな」


 女性の声か。穏やかだが張りがある。

 殺気は無いが、張り詰めた空気は溶鉱炉の淵に立っているイメージだ。

 どう考えても、会ってはいけないモノに遭ってしまった事くらい分かる。


「普通は戦闘直後に話しかければああもなる。だがその後の動きは見事だ。あれならどんな襲撃にも対処できる。部下にも見習わせたいが、アイツらはプライドだけは高くてな」


 冷静な野太い声。

 2人かよ⁉ 無理だ無理。1人相手にするのだって無理な話だぞ。


「まあ隠れても無駄だ。ここは素直に出て来てくれないかね? 出てこないならこちらから出向くことになるのだが」


 つまりは素直に出なければ殺すぞ――と。

 だがあの声は美人だ。別の形であれば歓迎したいところなんだけどねえ。


「降参ですわ。こちらとしては静かな旅がしたいのですがねえ」


 一応は両手を上げて藪から出るが、これはダメだな。最悪のモノに出会っちまった。

 いや、予想すべきだったわけだし、頭の片隅にもあった。

 ただ今ではない。そう信じたかっただけだな。


 立っていたのは男女のペア。

 木漏れ日のような月の明かりに照らされた姿は、まるで絵画から飛び出してきた芸術の様だった。

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