第58話 来るなら来るでちゃんとして欲しい
……全く。
風呂から出ると、メイドのカイナが既に料理の支度を整えていた。しかもなかなか豪勢だ。
因みに風呂を沸かしたのも彼女。物の温度を変える魔法を使えるメイドは多いが、彼女は特に秀でている。
まあ魔法はそれしかできないが、逆にそれができないフェンケの立場はどうかという感じだ。
もっとも、王宮での調理や風呂の支度をお付きのメイドがする事など無いか。
いや、現実逃避は止めよう。
今はそれなりのサイズがあるテーブルの上座に姫様、その横に俺。更に俺の目の前には……。
「それで、ケニー・タヴォルド・アセッシェン殿はいかなるご用向きで?」
「いつものババアで構わぬよ」
しっかり聞いていやがった。
「それに殿はいらん。王室特務隊と言っても、我らは貴族ではない。身分としては、今では卿の方が上という事になる」
「そんじゃババア」
「死にたいのか?」
一瞬で首筋に剣が突き立てられる。
接触までコンマ1ミリも無いだろう。というか目が笑っていない。マジだ。
というかさ、机の上に乗るのは行儀としてどうかと思うぞ。
何と言っても姫様の前なのだし。
「自分で言っておいてそれは無いだろう」
「社交辞令というものぐらい
「そういうのは嫌なのだけどな」
「そうもいくまい。しかし、すっかり本来の口調で話しているな。あの
「今更隠しても仕方ないだろう。それより聞きたい事が山積みだ。俺の知らない所で勝手に話をどんどん進めやがって」
「そこまで堂々と言えるのは大したものだ。ウィッツベルを
そう言いながらテーブルの肉を掴んで食べているが、そうしていると蛮族の様にしか見えねえ。
初めて顔を見たが、一応は美人なのだから少しは自重しろ。
というか、本当に美しいという言葉が似合う。
兜や鎧で分からなかったが、緩やかなウェーブのかかった白銀のロングヘア―。
大きすぎも細すぎもしないきりりとした碧色の瞳。
口元から元々整った顔立ちだと思ってはいたが、こうして総合的に見ると別格感が漂う。
プロポーションも背が高く体も引き締まっているだけに、彫刻のような芸術性を感じさせる。
だがなあ、ここは姫様の前だぞ。長く生きすぎてマナーや配慮を忘れたか?
しかし聞いた事の無い名だが、今回の短い旅で戦った人間は一人しかいない。
「姫様が持っている魔剣の持ち主か」
「その通り。しかし、普通は『誰だ?』と応えるものだがな」
「誤魔化しても仕方ないのは話の流れで分かったからな。腹芸は無しだ。その上で聞くが、俺は確かに仕留めた。これでもそっちの方がプロでね。確認ミスはあり得ないし、俺たちが離れてから治療しても完全に手遅れだ。だがそうなら“退けた”では無いよな。まさか王室特務隊は蘇生呪文でも使えるのか?」
有り得ない話だが、このババアが相手だと何をしても驚かんな。
「死んだ人間を蘇生させる事など出来ぬよ。これでも永く生きて来たが、そんな事は神にすらできなかった所業だ」
「なら」
「王室特務隊に未だ欠員は無い。これでも味方の手の内を晒すほど甘くはないのでな」
「どこまで味方なのやら」
「姫様を攻撃するまでだ」
そういう意味で聞いたわけではないが――、
「護衛を殺せば同じ事だろう?」
「言っていて虚しくはないか?」
「まあね」
ここまで聞けば、あの戦いは完全に監視されていた事が分かる。
もし姫様に危害を加える様であれば、即座に誰かが対処しただろう。
だが俺やフェンケが殺されても一切手は出さないという事だ。
「あんたはどこまで本気でレベル屋を作らせようとしているんだ? 本来なら勝てる相手ではなかったぞ」
「勝てたさ。実際に勝ったではないか」
「姫様のおかげだ」
「そこも踏まえて君の力だよ。その点は自信を持って良かろう。だがアイツは執念深いからな。いずれは再戦する事もあろうだろうさ」
「今度勝ったらミンチにして焼いて魔物にでも食わせるね。それでも3度目があったらお手上げだな。まあその時はその時で何か考えるが」
「大した自信だ。次までは勝てると言わんばかりだな」
「そんなつもりはないさ。ただ回数を重ねるほどに地力の差は出るものだ。残念だが、向こうの方が強い事は十分に理解している。要は、次が最後の機会って事だよ」
「結構。そうでなければ見込んだ甲斐が無い。おい、そこのメイド。酒だ」
そういって机をトントンと軽く叩くと、カイナが大慌てでワインの瓶を大量に持ってきた。青い顔をして、かなり大慌てだな。
というか、ババアはいつもの制服ではなく、まるで少し裕福な町人といった服装だ。
少しウール交じりだろう。濃い生成り色をした木綿のシャツに紅色のウールジャケット。
それにこちらは染めてあるのだろう。シャツと同じ素材の茶色いロングスカート。
ジャケットとおそろいの上着は壁にかけてあるところを見ると、最初からこの服装で来たという事だ。
普通なら――と言いたいが、横で聞いていたんだ。正体こそ知らなくても、王室特務隊という事は会話で分かるか。
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