第67話 しっかりと決めないとな

 これはいわば、仕掛けの部分だけ。

 だがこれではレベル屋は出来ない。


「各小部屋の清掃をするための通路が必要だな。しかしそこにリポップされたら大パニックだ」


「クク、それでどうするのだ?」


 そうさな……。

 部屋と部屋を仕切る壁の上を通らせるのは簡単だ。

 素人には厳しいと思うが、それなりに軽業が使えるならどうとでもなる。

 だが掃除しようと飛び込んだ途端にバラバラ死体の出来上がり。

 そもそも人が通れるなら、そこにカーススパイダーがポップする可能性がある。

 うん、場合によっては大惨事だな。


 部屋と部屋との間には死なない程度の棘を並べ、部屋の天井はガラス戸。それに連中は結構賢い。単純な穴はダメだろう。

 天井のガラス窓は十字に切れ込みを入れた落とし穴にする。そして安全も考えて25メートル以上離れた上に確認用のテラスを作るか。

 建物全体としては円形の塔。内側に高い小部屋の塔を内包した2重の塔だ。

 こうすればポップ位置がずれても部屋に入るし、どの部屋に何匹いるかも予想がつく。

 まあ大体1匹だろうけどな。

 上から落ちたから前の奴が張った糸で死ぬし。


 考えるごとに、地形や建物の形が目まぐるしく変わっていく。

 なるほど確かに、これは設計図など不要だ。

 さて残りは最初の頃に考えていた清掃方法だな。

 積極的に動物を襲い食い散らかすプリズムポイズンワームと違い、こいつらはひたすら待つ。1年どころか5年でも10年でも食べなくても平気。

 まあそれは魔物共通ではあるが、多くが本能で殺戮と補色を求めるから餌を与えないとストレスで自滅する。

 だがこいつに餌は不要。もちろん排泄物の処理も必要ない。

 問題は張ってある糸の方で、ポップの座標がずれると前の奴が張った糸で勝手に死ぬ。

 やはりこれは掃除しないとダメだ。


「ヒヒ、それをどうするのだ?」


「考えを読めるのかよ」


「当然であろうが。誰がお主の考えを反映していると思っておるのだ? クヒヒヒヒヒ」


 言われてみればその通りだ。

 この光る魔女印の中では、こちらの思考は全て読まれるという事か。

 余計な事は考えないようにしておこう。


 こいつらの経験値ボーナスの大きな要因がこの糸と呪詛だが、まあここで問題になるのは糸の方だな。

 剣や槍、斧でもダメだな。武器の方が切れちまう。使うのは木の棒かなんかで良いか。

 慎重に切れた位置と角度を確認し、張ってある根本の壁ごと取ってしまうのが一番だろう。

 その後は漆喰かなんかで固めておけばいいな。

 切れ味が強すぎるせいか、物を切った時の抵抗というものがほとんどない。そんな訳で、元々葉っぱとかにも平然と張る奴だ。壁の強度はそれほど重要ではないが……。


「何かあったかえ? ヒヒヒ」


「いや、ガラス張りの天井を予定していたが、そこに糸を張られると開いた瞬間に貴重なガラスがバラバラだ。というか、十中八九対角線に張るから確実にボロボロ。仕掛けも今はそちらで作ってくれたが、以後はこちらでメンテできる構造にしなくちゃいけない。天井の張替は現実的じゃないわ」


「ならばどうするかねえ?」


「予定変更だ。ガラスはなしで小部屋を仕切る壁の上の棘は残す。敷居の上にポップしたら勝手に近くの小部屋に逃げ込むだろう」


「では清掃員はどうするのだ? クヒヒヒ」


「元々、部屋の敷居にトゲトゲを付ける時点でそこを通るのは無しだな」


 別の手段を考えないといけないが、複雑な構造はダメだ。

 今は“魔略”が思い通りに作ってくれるが、その後のメンテナンスはこっちの仕事。だからガラスの天井も断念したんだ。

 結局通路か……。


 悩んでいる間、姫様はひたすら感心した様子で建物が作られていく様子を見ている。

 今は上に作った確認用のバルコニーにいるな。

 いっその事、あそこからゴンドラで……いやいや、上から行ったらバラバラ死体の出来あがりなんだって。

 やはり廊下が必要だが――。


「ヒッヒ、建物全体を拡張するなど造作もない事ぞよ」


「それは最後だな」


 部屋と部屋の間に廊下を作る。

 ただ最小限にしなくてはいけないし、そこにポップした時にここは地獄になる。

 それをどうするかだな。

 何せ失敗は許されない。

 今こうして思い通りに組み替えられているのは“魔略”がテリトリーを作ってくれているからだ。

 実際に後から改修しようとしたら、それこそ年単位でかかる。


 手っ取り早いのが色分けして交互に落とし穴を付ける方法だが、小動物程度の知能でも学習してしまう危険がある。ましてやこいつだ。魔物が全て意識下で繋がっている事を考えれば、その時点でダメだ。生き残りが教えてしまう。

 ならどうする?


 簡単だ。見える境界など作らない。全てを落とし穴にすればいい。

 小部屋と同じだ。レバーを引いたら対応する床が開く。それで落としてしまえばいい。

 もったいないが、清掃員の命が優先だろう。

 それでも死者は出るだろうが、それがレベル屋というものだよ。


「クヒヒ、決まったかえ?」


「ああ、これで完全だ」


 最初に決めた通り、先ずは大枠としてのタワー。下には全体に隙間なく即死させるだけの巨大なトゲを敷き詰める。

 そして、その内側にカーススパーダ―を飼育する小部屋のある塔を作る。

 最初の予定通り、塔の中に塔を作るわけだ。


 上から見れば天井の無い吹き抜けの部屋で、境界の壁には小さなトゲを用意する。

 連中は物理に対して極端に弱い。死なない程度でも痛ければ逃げる。

 一応は蜘蛛だ。通常の壁なら普通に降りるだろうから心配はない。

 ただ部屋の床にしがみ付いて落ちないとなると厄介だ。ここはつるつるの素材が良いだろう。

 なに、連中は落ちつけさえすれば気にしない。

 たとえ床が開く事を学習しても、本能が優先する。レベル屋で散々学んだからこれで良いな。

 ついでに出来る限り部屋の真ん中に行くように、中央に落ち着けるくぼみを作っておこう。


 清掃用の床も似たような感じだな。

 部屋の床と同じく、引っ掛かりの何もないつるつるの床。

 当然、レバーで指定の場所が開くようにしておこう。

 それで部屋以外にポップした奴は、普通に落ちるか通路で落とされるかだな。


「フヒッ、それで良いのかえ? かなり無駄が出るが、作り直しは効かぬぞ」


 まあ、外周や通路にポップした奴は諦めるしかない。

 だがそれだけのリスクがある奴だからこその高経験値だ。


「ああ、これで良いい。細部を固めてくれ」


「ヒヒヒヒヒ、良かろうて。では始めるとしよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る