第68話 ついにレベル屋の完成だ

 そこからは、大体4時間くらいの作業だった。

 何年もかけて作られるであろう石造りの複雑な塔が、たったそれだけの時間で完成してしまう。


 一応、目論見はあった。

 すぐに作れと言いながら、建物の完成に何年も待ちはしないよな。

 ただどんなモンスターを回収してくるかなど誰にもわからない。

 だから魔法使いを動員しての急速建造。ポップし始めるまでの時間勝負と予想していたんだ。


 ところがそれどころじゃない。予定の期間から考えれば、一瞬と言える速さだ。これなら後は数が揃うまでポップ待ちするだけだ。レベル屋もすぐに始められるだろう。

 しかも半地下に埋めてあったカーススパイダーは、しっかりと部屋の中に入っている。

 何から何まで手際が良い。


「世話になった。感謝する」


「クシシシ、後で失敗だったとか壊れたとか言われても知らんでなあ。精々後悔せぬ事よ」


「ああ、十分だよ。ちゃんと手入れや修理のしやすさも考えて作ったからな。俺たちはそろそろ一度戻るが、そちらはどうするんだ?」


「これでも凝り性でね、ヒッヒ。少しここを見て行くとするかねえ」


「分かった。暗くなる前に帰れよ」


「キヒヒヒ、誰に言っておるか。闇こそ魔女の領域よ」


「まあな」


 こうして、俺と姫様は家への帰路についた。





 ■   ■   ■





 今後レベル屋になる建物の中で、“魔略” エナ・ファンケス・ミネストダイエは自分の最後の作品の中を満足げに見分していた。

 今まで様々な物を作った。

 魔女であるがゆえに殆どが薬や呪物ではあるが、こういった建物も無かったわけではない。

 しかもこれには自分の全呪力を注ぎ込んだ。

 よほど馬鹿な使い方でもしない限り、末代まで残るであろう。

 代わりに当分の間、初歩の呪術すら使えない。代償は軽くは無いのだ。


「キシシ、見れば見るほど惚れ惚れするものじゃて。あの小僧も、使えば使うほど、出来の良さに感心するであろう」


 しかし、自分がそれを見る事はない。


“魔略”。

“神知”と並ぶ凶悪な知識系のユニークスキルとして知られているが、その性質は大きく異なる。

“神知”はその名の通り、人では知り得ない知識を得るスキル。

 だが強力な分、真価を発揮することは難しい。この世の全ての知識を、人間一人の脳に入れる事は出来ないのだ。

 だから膨大な知識を、自分がパンクしないように素早く取捨選択しゅしゃせんたくする必要がある。

 本人が人外クラスの知能を持って、初めて使えるスキルと言えるだろう。


 一方で“魔略”は制約としては“神知”より緩い。

 クラムに見せた技は、あくまでエナの魔女としてのスキルであり、“魔略”とは違う。

“魔略”の本質は予知と対処。これから起きる事を知り、それをどう対処したらいいかを知るスキル。

 それは個人戦であっても集団戦であっても変わらない。


 個人戦であれば、どう動けばいいかが分かる。

 集団戦であれば、兵をどう動かせばよいかが分かる。

 いかなる状況であっても、全ての対処法を瞬時に理解出来てしまうのだ。

 まさに無敵のスキルではあるが、やはり制限は存在する。そうでなければ、初めて“魔略”のユニークスキルを得た人間は、とっくに世界を支配していただろう。


 その“魔略”で見えている。これから自分は死ぬのだと。

 当然対処はする。抵抗もしよう。しかし何千何万パターンをシミュレートしても、結局最後には死ぬ。

 無理なものは無理。それは絶対の摂理であり、変えることは出来ない。


“神知”にもヘイベス王子にも頼れない。

 最悪の結果――それは頼った全員の死であるのだから。

 もちろんそれをした人間は生きてはいられないが、護衛対象が命を落としてしまったら慰みにもならない。


「クシシ、魔女として生まれた身。幸せな生など送れないと思ったが、存外良い人生であってではないか。ヒッヒッヒ」


 結果は決まっている。

 もう少し。もう少しだけ、人生最後の傑作を眺めながら、思い出に浸っても良いであろう。

 その位の褒美はあっても文句は言われないだけの働きはしてきたつもりだ。


 特にヘイベス王子との付き合いは長い。

 それこそ、王子が生まれた時からの縁だ。

 もっとも、その時点では配属など決まっていない。全ての王室特務隊が、1度ならず赤子であった王子の世話をしたものだ。

 特に彼は自分たちとの会話を好んだ。知識が好きなのだろう。それも、その知識を使うのではなくひたすら収集するのが。

 そういった意味では、“神知”こそが残るのにふさわしい。

 自分はあくまで、知った知識を使ってこそが真価なのだから。


 それを考えると、やはり多少なりとも不愉快ではある。

 それが格上に命令された任務であるとはいえ、自分たちが守らねばならぬ王子を手にかける可能性があるなど。

 もし許されるなら報いを受けさせたいものよ。

 だが無理だ。ここから動いたとて、足元にも届くまい……。


「ヘイベス王子よ。今まで楽しかったぞよ、クヒヒ。お主といる時は、何やら人に戻った気がしたものよ。クエントよ、王子の事は頼むぞ。先に逝く事は許せ。ウヒヒヒヒ、だが素直にやられてやるほどお人好しでないでなあ。粘って、粘って、最後まで足掻いて見せようぞ。ウヒヒ。この“魔略”、容易く獲物に出来るとは思わぬ事よ」

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