【 避けられぬ戦い 】

第69話 おいおい二人かよ

 いや死ぬ死ぬ、マジで死ぬって。

 今どのくらいの速度で動いている?

 というか、現在どのくらいの高さなんだ?

 いきなりババア捕まって小脇に抱えられ、そのまま空の旅だ。


 より正確に言えば、途中で音も衝撃も無く着地はしている。そしてそのままジャンプしているのだが、滞空時間が20分以上ある。もう飛んでいるのと変わらないだろ。

 空気が痛い。まるでセメントの中に無理やり突っ込まれた時の様だ。

 しかも体温が一瞬で消えていく感覚がある。無理矢理高所から飛び降りるとこんな感じだな。

 遺書くらい残しておけばよかった。


「さて、そろそろ到着する頃だよ」


 到着するとか言われても困る……のだが、ババアに『いつか頼まれた状況になったぞ』と言われたら付き合わない訳にはいかないのだ。

 屋敷を訪ねて来た時――もし”神知”、”魔略”に危機が迫る事があったら教えて欲しいと帰る時に頼んだのは俺自身。

 特に何か義理立てするような関係ではない。勝手に風呂に入り込まれて迷惑したくらいだ。


 だがレベル屋を作るのに必ず関わる事は分かっていたのでね。出来る前に何かあっては堪らない。

 それが完成した今であっても、あの時の頼みを反故にしようとは思わないがね。





 ■   ■   ■





「出て来ねえな」


 大男がぼそりと呟いた。


「相手は“魔略”のエナだ。何を企んでいるか分かったものではない。当然、こちらの事はもう知られているだろう」


 応えたのは、長身の女性。

 かつて村を見ていた2人組であり、双方ともに王室特務隊の装備に身を包んでいる。

 油断など何もない。完全なフル装備だ。


「だがこちらへの対処は出来ねえ。たとえクエントやヘイベス王子の助力を仰いだとしてもな。むしろ巻き込むだけだと分かっているだろう。いっその事、あの塔ごとぶち抜くか?」


「エナはそれほど愚かでもあるまい。あ奴が襲撃を知りませんでした。命惜しさに王命で作った建物を盾にしました――このような事は許されぬ。何より、奴の矜持がそれをさせはしない」


「じゃあ結局は出てくるか。待つのは面倒くせえなあ」


「なぜお前のようなものに“千里眼”のユニークスキルが宿ったのやら」


「そんなもの知るかよ。神とやらの気まぐれだろうよ」





 ■   ■   ■





「見えて来たぞ」


「見えねーよ」


「大丈夫だ。あと60秒もあればつく」


「その60秒はどれほど先なんだよ!」


 そんな悪態も意味は無く、本当にほぼ60秒――正確には58秒で着地した。

 同時に地面にポイと放り投げられる。当然軽業を使って普通に着地するけどな。

 ただ――、


「こいつはまた予定外の客だ」


「まさか来るとは思いませんでしたよ、ケニー。貴方が動くとはね。今回の事は、それ程の事?」


「あまり来る気はなかったのだがね。こいつがどうしてもエナに恩を返したいっていうんで運んでやったのさ。それにちょっと本国で問題があった。残念ながら遊んでやる余裕がなか無くなったって事かな」


 初耳だ。

 というか、目の前にいるのは何処からどう見ても王室特務隊。

 1人は高さも横幅も凄まじい。鎧の上からでも分かる凶悪な筋肉。顔には少し薄茶の髭と無数の傷跡が見えるな。

 もう1人は女性だが、こちらも背が高いし女性的というより男性的な骨格だ。

 それでも、やはり女性だという空気を感じる。

 つーかさ、こいつらの気配は前にも感じたな。


「そこでこの件はここで片を付けておきたいのさ」


「……こりゃあ……何事だ⁉」


「見ての通りだよ、ビスタ―。王都は既に王都ではない。お前たちの主人もまた――な」


 ……何を見たんだ?

 王都? だとしたら普通のスキルじゃない。ユニークスキルか。


「そうか……理解したぜ。だが悪いな。生きている限り命令は絶対だ」


「お前ならそういうと思ったよ。 サイネルはどうする?」


 ババアが目だけで女性を見る。

 いつもの余裕がある瞳ではない。この質問は、最終判断を付きつけたのと同義だ。


「言うまでもない。国王陛下から解任の命があるまで使命を全うする。ただそれだけが、我ら王室特務隊のあり方だろう」


「だろうな。お前ならそういうと思っていたよ。――クラム」


「あ、ああ」


「そっちの大男はお前がやれ。サイネルはこちらでやる」


 冗談をぬかすなよ。飼い猫にドラゴンを倒せと言っているようなものだぞ。


「そうだった、これを忘れていた。ほら」


 鎧を少し前に引っ張ると、胸の谷間からするりと短剣を取り出して無造作に投げつけやかった。

 抜き身で入れるものか?

 しかも渡すつもりが無いかの如く不規則にくるくる周りながら飛んで来るし。

 まあ、普通に取れるけどな。


「クラム・サージェス・ルーベスノアか。どうせいつかはやる事になると思っていたんだ。俺は王室特務隊ナンバー15、ビスタ―・フルヌ・ケラルドだ。王室にとっての危険人物をここで始末出来る事、幸運に思うぜ」


 俺は全く思っていないな。互いに意思疎通ができないなら、関わらないのが良き人間関係ではなかったかな?


「ここで2人の隊員を失う事になるとは思わなかったが仕方あるまい。長い間この18人でやってきたような気もするが、それもまた一時の夢か」


 ババアが前と同じく禍々しい剣を抜く。

 以前にもやりあった、巨大で太い片刃刀だ。


「ケニー殿にとって、それは避けられない事だったでしょうが……さて、今回はどうでしょう? セイフォルを連れて来るかと思いきや、まさかクラム殿を連れて来るとは。もしや、我々の立場では彼を処分できないとでも?」


 そう言いながら、こちらはまさに聖剣という感じの真っ白い刀剣が美しい直刀を抜く。

 こちらは片手・両手のどちらでも使える標準的なバスタードソード。当然のように両刃。

 ご丁寧に、ご立派な魔道語が刻まれている。

 なんか武器だけ見ると、向こうの方が正義に見えるな。

 まあ俺の前にいるのは鎧が立派なだけの連続殺人犯的な空気を放っているが。


「そんな訳がねえよなあ!」


 いきなり大男が襲い掛かって来たが、武器はナックル? また随分と甘っちょろい……いや⁉





「相変わらず軽率な奴だ」


「その割には余裕だな」


「あのクラムとかいう男が幾ら強くとも、所詮は不意打ちと暗殺が本業だ。正面から戦う限り、ビスタ―は負けぬよ」

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