第66話 とんでもない作り方だわ
馬車が止まった所は、本当にだだっ広いだけの何もない場所であった。
遠くのあちこちで様々な建物や塔が建造されている事を考えれば、ここは非常に簡素と言える。
というか広すぎる。いったいどこまで拡張したんだよ。
もう元の村の片鱗すらないな。
「おう、待ちわびたぞよ、クシシシ」
「“魔略”か。話は聞いている。それで――」
「ほれ、そこじゃ」
顎で示された場所には、僅かに地上に顔を出した檻が埋められていた。あれの中にカーススパイダーが入っている事は間違いないな。
「さすがに説明するまでもなく完璧な状況だな」
「であろう、クックック。ではここからどうするかは全てお主が決めると良い。全てその通りに作ってやろう」
……いや、本当に俺の指示が必要か?
なんとなく“魔略”の方が完璧に作りそうな気もするのだが。
「お主の考えている事は手に取るように解るぞ。ではあるが、これは“神知”も同意見なのだよ。何せ、我らが考える完璧とお主が考える完璧は違うからな。ヒヒヒ」
まあこいつらに考えさせれば完璧だろうが、完璧にも色々ある。俺が考える完璧は、多少学んだ程度で運営できるアバウトな完成度だよ。致命的な問題さえなければ、働き手の命は多少軽くても良い。
高みに行き過ぎると、もはや足元が見えなくなってしまうのでね。
「分かった。しかし設計図をここで作るのか?」
本当に何もない広間だからな。有るものと言えば、俺たちと半地下のカーススパイダー、それに砂埃くらいか。
「クヒヒヒ、魔女の事には詳しそうだが、所詮、下級の物などいくら見た所で意味はない。地を這う蟻を見ても、天を征く大鷲を見る事は出来ぬ。ほれ」
「何⁉」
まああんな実験を再度受けるのはごめんだからな。今度はいつでも先手を取れるように、当然ながら魔女の事は重点的に調べたさ。しかし確かにこれは違う。
魔女の魔術は呪いの一種。詠唱などは無い。そして独特の魔女印が現れる。
いわば魔法使いの魔法陣のようなものだ。
ただこいつのそれは、規模が桁違いに大きい。
大規模な儀式でも、魔女印はせいぜい人の身長程度。それも足元に浮かび上がる。
しかしこれは違う。
このだだっ広い空間――およそ100メートルの空間を占める。しかも立体的に何層にもなって重なった青白く光る魔女印。まるで光の円柱に入れられたかのようだ。
なんだこれは。さすがにこんなものは見た事も聞いた事も無いぞ。
「さあ想うがいい、願うがいい。ここはお主の意思が具現化する世界。設計図? そんなものが必要だと思ったか? 甘く見られたものよ、クシシシシ。真の魔女とは、世界のありよう自体を書き換えるもの。ここに不可能などありはせぬわ」
ハッタリなどではあるまい。
今まで任務で何人もの魔女は葬って来たが、今日までこいつに会わなかった事を……そうだな、そこいらを飛んでいるカラスにでも感謝しておこう。
神とかは知らないのでね。
それではまあ、始めるとするか。
考えた通りに大地は沈み、石の壁がせり上がり、天井が出来、鉄格子が現れ水場も出来る。
まさに何でもありだが、これは魔法でなく呪いだからな。必ず何らかの代償が必要になって来る。
それも後払いではなくリアルタイムでだ。
だが俺に影響はない。つまりは、術者である“魔略”が対価を支払っているという事なわけだが……。
「ヒヒ、今少し躊躇したな。このまま進めて良いのかどうか。フヒヒヒヒ、あまりにも甘い。この敷地を一晩で広げたのが、一体誰だと思うておる」
了解したよ、怪物め。
では好きにさせてもらうが、こいつは凄いな。
周囲が考えた通りに建築されていく。
カーススパイダーは完全に待ちに特化した魔物。
プリズムポイズンワームの様に素直に追いかけて来るタイプじゃない。
そして通過するだけで鋼鉄の鎧を切り裂くほどの糸で守られている。上から石の壁を落としても、バラバラに切り裂かれるだけだ。
つまり前と同じ手段は使えない。
さてそうすると毒や水没が考えられるが、あのレベルとボーナスは伊達じゃない。当然、水没させても窒息はしないし、当然のように呼吸をしていないのだから毒ガス系も無効。
あまり現実的ではないが熱湯で煮るというのも無駄。遠距離からの範囲攻撃に対抗してか、炎はもちろん氷や電撃もダメ。まあ魔法自体が全部無効だな。
ただ本体自体はそれほど固くはないので、矢で射れば倒す事は容易い。
だが見たら死ぬ。笑えるね。
そんな相手をレベル1が倒す必要がある。
それも数を合わせないとばらつきが出るし、同時に倒さないと1体目でレベルが上がってしまい、低レベルの経験値ボーナスが消えるというオチ。
これでは中途半端に上がってしまい、目標レベルに届かせるのは困難になってしまう。
そもそも低レベルの人間が、飛び道具で、それも同時に複数体のレベル40を倒す事自体が現実的ではないのだ。
しかしここで諦めるのなら、そもそも見つけた時に喜んだりはしない。
ましてや連れて帰るなどありえない。
見つけた瞬間、倒し方の目星は付けていた。
幾つもの小部屋を作る。
精々1メートル四方。これなら2メートルクラスはほぼポップしないし、ポップした瞬間、勝手に死ぬ。同じ部屋に入る確率は低いし、どうせ入っても構わない。
同時に4匹倒せればいいのだ。それ以上になったら、大口の客でも見つけるかフェンケのレベルの足しにでもすればいい。
姫様には……焼け石に水だな。
どうリポップするか分からないので部屋はある程度欲しいが、その時点の中心になる奴は毎度変わる。
あまりギリギリに作るわけにはいかないだろう――そうだな、こいつの場合は30メートルほど余裕があれば十分だな。
その部分には深い穴。もちろん、下はトゲだからけの
蜘蛛たちの小部屋も、部屋ごとに同様の穴を作る。
後は部屋番号を設定できるようにして、レバー一つで連動して床が開く構造にすればいい。
こいつらは物理攻撃には弱い。だから自分の糸に乗るという事はしないからな。
それにそんな性質上、地面から伸ばす糸は張らない。蓋の開閉が阻害される事はないという事だ。
後は勝手に落ちて、槍衾で死ぬ。
床が開くのはただの構造で、罠ではない。
槍衾も、作った人間に経験値は入らない。
これでクライアントにほぼ全ての経験値が入る仕掛けが出来た。
「クヒヒ、これでいいのかい?」
「いや、まだだな」
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