第35話 欠片くらいは期待をくれよ
さて姫様はもう大丈夫だな。
精神さえ伴えば、スキルは無くてもレベルで押し切れる。
それにレベルとは違って、スキルは使っていけば上がるものだしな。
これだけの土台があれば上がるのも早いだろう。
「んで、フェンケは何か出来るのか? 今までは姫様の世話をしてくれていれば良かったが、これからはそれだけじゃ通じないぞ」
行きたくないと全身で訴えている奴にこういうのは酷だが、連れて行く以上は何か特技くらいは知っておきたい。
「はあ……確かにそうですね。行かないといけませんよね」
机にほっぺたを乗せて涙目だ。本気で嫌そうだな。というか人の話を聞け。
「別に残っても良いのですよ?」
だからそれは俺の首が飛ぶって。
「いえ、このフェンケ。セネニア姫様と常に行動を共にするためにここにいるのです」
よし、偉い。
まあ姫様に万が一の事があったら自分も終わりだしな。
というか男爵家が終わるか。
唯一何とかなる方法は、自分も共に天に召されるだけか。
ある意味きついものだ。こいつもこいつで、自由とは無縁に生きているな。
「それでだ、何が出来る? 姫様はレベルという強みがある。お前のレベルも相当に高いが、探しに行く相手は一気にそこまで上げられる様な奴だ」
言うのは簡単だが、言葉にすると我ながら憂鬱になるよ。
フェンケのレベルは64。ここから65に上がるには、大体同レベルを5324体は討伐する事が必要になる。このレベルの時点で、もう十分に人外の粋だと考えていいだろう。
普通なら、レベル50程で大きな国に数人いるかいないかという最高級冒険者。もしくは国家の軍事を統括する大将軍といった所。
目安として、中級のドラゴンを1人で討伐できる値だな。
レベル屋のせいでインフレ気味だが、やはりその恩恵を得られるのはそれほど多いわけではない。
普通の人間は、生涯をかけてレベル30に到達できれば十分ってのが常識だ。
なのに低レベルの奴を、こいつのレベルまで安全に上げなければいけない。
「私にできる事ですか。ふふふ、遂に真価を話す時が来ましたね。これでも、理由もなくセネニア姫様のメイドという大役を任されているわけではないのですよ」
この自信に満ちた言葉と表情、それに仕草。
初めて出会った時はさすがに相手が悪かったし経験も不足していた。
だが姫付きになる以上はそれなりの隠し玉くらいはあるか。
「私は魔法が使えます」
「ほう、どのくらいまで使えるんだ?」
なるほど、益々あの状況で活躍できなかった理由に説得力が出来た。
実際の所、こいつの事も疑っている。間者でないという保証など何処にもないのだ。
自分と護衛対象は全て敵と思うのが世の鉄則。場合によっては護衛対象でさえ事が済めば敵になる。
ただ信じたい気持ちは常に持っている。一人では限界があるからな。
「修理系です。特にガラスの修復は任せてください。陶器は少し苦手ですが、やれない事はないのですよ」
ポンコツだった。
期待した俺が馬鹿だったよ。
疑うのも馬鹿々々しい。
「それで、お前はそれで何をするつもりなんだ? 悪いが、魔物に惨殺される事で姫様にこの世界の厳しさを教える位しか思いつかん」
「何を言っているんですか! ここまででもそうだったでしょう。炊事に洗濯、それに夜の見張りも出来ます。私無しで、セネニア姫様がなにか出来ると思っているんですか⁉」
「え、出来ますよ?」
「姫様ー!」
いきなり泣き出しそうになるが、俺は頭が痛くなってきた。
平時なら微笑ましいのかもしれないが、そうもいかないからな。
だが連れて行くといったのは俺だ。
姫様のレベルがいかに高くても、それは超強い人間であるという枠から出ない。
武器や魔法、体術などのスキルがあって、初めてその身体能力が生きる。
まあフェンケはこんなだが、それなりに武器のスキルは習得しているだろう。
多少の護衛は出来ないとだめだからな。
「よし、ちょっと表に出ろ。それと奥の倉庫に武器が置いてあったな。好きなのを持ってくるといい」
「腕試しですね。望むところです。貴方の強さは十分に存じていますが、私にも魔法戦士としてのプライドがありますから」
お前は今、世界中の魔法戦士のプライドに泥を塗ったぞ。
先に外に出て、門番には事情を話しておく。
武器の腕前に関しては、ここまでの道中も気にはなっていた。
ただ基本は俺だけで十分。こいつは万が一の保険程度に考えていたし、王室特務隊が来てからはこいつでは案山子と変わらないと思っていたからだ。
それでも、これからの事を考えれば少しは期待しなければならない。
そこまで人手が足りないってのもどうなんだろうなあ。
「お待たせしました」
いや本当に待った。1時間くらい待たされた。
女の身支度は長いというが、そんな次元じゃない。
「やっと来たか――っておい」
フェンケが選んだ武器はモーニングスター。
鉄球に針が付いている点が特徴だ。
形状としてはこん棒型と鎖型があるが、こいつが選んだのは鎖型。
ズバリ言えば、役に立たない方だ。
ついでに言うと防具くらいは付けてくると思ったが、風呂上がりに着替えた村人風の粗末な服だけとはね。
「一応聞くが、真面目に準備してきたんだろうな」
「ええ、これが本来の私のスタイルです。アーヴィ男爵家流、星鉄球術、貴方に見せて差し上げましょう」
もはや期待の欠片もない。
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