第32話 思ったよりも平和なものだ

 フェンケが馬を並走させると、姫様が楽しそうに小声で話しかけてきた。


「やっぱり、本当に貴族らしい振る舞いでしたよ。さすがですね」


「まあレベル屋なんてしていると、貴族を見る事には事欠かないですからね……っと、ここから先はこちらが従者。なんか予定が大きく変わってしまいましたが、そんなのはよくある事です。それでは、以後は王女殿下を守るナイトとして振舞わせていただきます」


「ふふ、よしなに。でもあまり畏まってはいけませんよ。先ずは貴方がこの村の主人である事を印象付けてください」


「なるほど……分かりました」


 この辺りは知識なんかより、本人の言葉に従うべきだな。


「それと、他の者がいない時は今まで通りの姫で。なんかムズムズするので」


「了解です」


 中に入ると、外からの風景とはまた違う。

 分かりやすく言えばハリボテだ。真四角ではなくあちこちに張り出しがある砦型の外壁は良いのだが、その中身は平穏な村そのもの。まあ人はかなり多いけどな。

 畑もあるから、外から水も引いているのだろう。

 防備がザルだ……。


 ただ四ツ目ヤギや太り過ぎたユニコーンの異名を持つ一角ヒツジなど、中央では見られない家畜を見ると、やはりここが魔物の住む世界――いわゆる異界との最前線なのだという実感も湧くというものだ。


 遠くにももちろん防壁はあるが、その上から見えるすっかり雪化粧をした巨大山脈が見える。

 フェルヴェンゲルト山脈。別名大いなる壁。

 標高は高い所で2500メートルほど、長さは数百キロメートルにも及ぶ。

 正に人類と魔界との境界線だが、人類のあくなき探究心はその向こうに国を作るまでに至った。

 その結果がダメだったから俺はここにいるわけだが。


 村人は物珍しそうにこちらを見ているが、そりゃ確かに普通の人間が来る事はないだろう。

 しかも今回来たのは偉そうだときたものだ。

 お姫さまやフェンケはともかく、俺の中身はチンピラみたいなものなのだが……まあこの皮をかぶっている間は貴族を演じるさ。


 案内されたのは、村の一角に作られたレンガ作りの平屋。

 他が全部木製だけに実に目立つ。


「こちらへどうぞ」


「それでは」


 俺を追い抜いてひょいひょいと先に入ろうとする姫様の背中を、見えないように引っ張って俺が先に入る。

 本当に好奇心の塊だな。初めての場所なんだから、もう少し警戒しようね。


「それでは入らせていただこう」


 外はレンガだが床は木張り。さほど小さくは見えなかったが、中は廊下が妙に狭く正面はT字路。

 一応はそれなりに守りを考えて作ったようだ。

 そのまま左に曲がって中へと案内されたのは、応接室というか執務室のような場所だった。

 目の前にいたのは少し小太りの男と、濃い緑のフード付きマントを羽織った女。

 女は秘書には見えんな。護衛か?


 男の方は、年齢は30代くらいか?

 レベルは50ちょいといった所か。辺境に置くはもったいないが、場所が場所だけにむしろ低い位だな。

 外の兵士もレベルは30前後か。ざっと見た兵舎の数からして、駐留しているのは50人くらいだろう。

 小規模とはいえ、通常の国であれば精鋭中の精鋭といった感じだろうな。


 ただ今では他の国にもレベル屋が増え始めている。

 優位性はそれほどでもないが、さすがに魔物にレベル屋はないよな。


「は、はじめてお目にかかります、ルーベスノア卿。わたくしはこの村の駐留軍を預かりますオハム・コーロン・ゼンリッヒ・テーマスと申します」


 テーマス男爵領の4男じゃねーか。

 本来寄る予定だったヴィロの町を含む広大なテーマス地方を治める男爵家。通常なら、俺が普通に会話できる相手ではないな。

 とはいえ、今の俺はルーベスノア子爵の当主で向こうは当主どころか4男。

 正にこの村の様なハリボテの爵位だが、貴族の社会も大変だねえ。

 それ以前に、派遣された村がいきなり聞いた事もない子爵の領地になってこいつも大変だろう。

 とはいっても、


「始めまして、オハム殿。あたしの事は既に聞いていると思いますが、当分厄介になります。よしなに」


「これはセネニア王女様。お初にお目りかかります。わたくしめは――」


「さっき聞きました」


 表情は笑顔だが素が出ているぞ、姫様。

 ほら、言葉が継げなくて固まっているじゃないか。


「コホン、長旅で王女殿下はお疲れだ。早めの夕食と、出来れば湯も使いたい。詳細に関しては明日が良かろう」


「た、確かにその通りでした。配慮が足りず申し訳ございせん」


 そういうと机の上にあったベルを鳴らす。

 同時に当然の様にドアに控えていた兵士が飛び込んでくると、


「直ちにこの御方たちを旧村長宅へ。用意はすべて整っているな? 急ぎご案内せよ」


「畏まりました! さあ、こちらでございます」


 こうして外へと急ぎ連れ出されたが、緑ローブの女は全く動かなかったな。

 普通は最低限一礼するか、主人が応対中は臣従の態度をとるものだ。

 護衛か? それにしても、姫様の前で微動だにしないのは少々無礼だったな。

 まあ姫様は気にしていないようだが、さて、これはどっちに転がっているのか。

 だがまあ良い。何か含むところがあっても何とかなる。

 逆に護衛が少しでも気が抜けないほど危険な場所なのだとしても、今のところはどうにかなるだろう。

 その位、ここは平和だ。今は、だがね。

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