第73話 あそこまで人間をやめたくはないね
理由はすぐに分かった。
ババアの剣が首を飛ばす。
踏み込みも剣の動きも見えなかった。ただ飛んだ首が見えただけだ――一瞬だけ。
すぐに何事もなかったように反撃が来るが、ババアはギリギリで相手の剣をかわして左脇から右肩まで一直線に斬り裂いた。
完全に致命傷だ。見事な腕だが見た目以上に余裕があるという訳でも無さそうだ。相手も相当だな。
というよりそれ以前に、一直線に振り下ろされた剣を避けるためにババアがバックジャンプする。
そう、あの致命傷も既にない。
確かに斬られた。血も出た。土に沁み込んでいる血が生々しい。
しかしアレだな……。
「なあ、もう帰っていいか? 悪いが力になれそうにない」
あんな化け物の戦いに巻き込まれてたまるか。
「まあそう言うな。お前がビスタ―を相手してくれたおかげで、こうして楽が出来るというのもなのだよ」
「楽……ですか。実力差は理解していたつもりですが、現実を突きつけられるのはあまり気持ち良くはありませんね」
実力差に現実かあ……ただ俺の前で言われてもねえ。
剣が打ち合い、重くかつ高い音が体を震わせる。空気の振動だけでもう手を出せない事が分かるわ。怪物同士め。
互いに斬り合うが――ではないか、ババアには当たらない。
一方でサイネルという女は幾ら斬られてもすぐに無かったことになっている。
動きも鈍らない。あの出血もなかったことになっているのか?
普通ならもう倒されているはずなのに、そんな様子は何処にもない。
本当に相手をさせられていたら、向こうの手の内を知る前にこの世から旅立っているよ。
分かったのは自分からガンガン攻めるタイプでは無いって所か。
地面を擦るように動く独特の動き。剣術の1つとして見た事があるな。
そして剣戟が早くて重い。受けても短剣ごと真っ二つ。危機回避でも、次は奴の方が早そうだ。
本当に嫌だよな、勝ち筋の見えない相手と戦うのは。
「そちらが終わったのだ、そろそろこちらも終わらせるとしよう。今後に多様なやつを相手にする事もあるだろうから教えてやる。こいつはナンバー8、”不動”のサイネル・フィン・エトワルト」
「今は敵同士とはいえ、部外者に教えるとは正気ですか?」
「安心しろ。お前に今後は無い。”不動”とは両足が地についている限り、いかなる攻撃も効果がないと言われている。実際は見ての通りだ。効かないといえば効かないな。だが――」
ババアの剣から無数の目がぎょろりと現れ、更にモコモコと刀身が膨らみながら蠢きだす。
おいおい、一般人がどっちの味方をするかと言われたら、絶対にサイネルって方だぞ。
「いかなるだの絶対だの、そんなのは攻略できなかった言い訳に過ぎぬ」
剣が月光を遮り、影が次第にサイネルを覆っていく。
「さて、いかなる攻撃も無効とする”不動”は、こいつを防げるかな?」
長さは10メートル以上。厚さも同じくらいか?
もう剣ではなく棍棒だ。一応は刃がちょっと見えるから剣なんだろうが。
しかしその外周にある無数の目がギョロギョロと蠢きながら全周囲を見ている。
魔剣とは思っていたが、それ魔物じゃないだろうな?
とういうか、おそらく一般人はその剣よりお前の方が怖いと思うぞ。
「さあ試せ!」
「貴方は最低な人間ですよ」
同感だわ。
振り下ろされた巨大な剣のような何かは受けた聖剣をガラスのように打ち砕き、サイネルの体は大地に押しつぶされた。
地は割れ、円形に大地が勢いよく潰れる。
一応最後に見えたが、確かに頭の真ん中から斬れてはいた。確かに剣だ。どうでもいいが。
そして目玉はすぐさま牙の生えた口となり、下の方で肉と骨を貪り食う音が聞こえてくる。
あれはもうダメだな。
「これからは“魔王”とか名乗った方が良いんじゃないか?」
「それも面白いが、現実に居たら嫌だろう?」
「呼び名なんて気にしないかと思ったよ」
「誰かが先に名乗っているのに、後から同じ名前を名乗るのは格好が悪かろう。実在するかは知らぬがな」
そっちかよ!
まあおとぎ話とはいえ、実際に既にある名だしな。
案外――、
「なあ、異界に入った事は……あるよな」
絶対にあるわ、こいつなら。
「その時に、その“魔王”とやらはいなかったのか?」
「異界は点在しているからな。今まで入った所にそんなモノはいなかったよ。それに元々が、人に王がいるのだから魔物にも王がいるはずだという所から付いた想像上の存在だ」
「全ての魔物を統べるなら、皇帝――魔帝じゃないのかねえ」
「魔王の名はもとよりあったが、定着したのはまだ今より統一されていた頃……帝国の時代だった事が関係しているのだよ。無意識のうちに、魔物を人より下の存在としたのだろう。奴らの侵略から心を守るためにな」
そんな事を言っている間に、剣は全てを食べ終わったのだろう。
口だった部分は目に戻り、まるで逆回しするようにあのデブかった塊は剣に戻っていった。
そして剣が潰した部分に残ったのはただの穴だけ。
そこには肉片も、血も、鎧も、武器も、土すらも相当量が無くなっていた。
何があってもこいつと敵対は出来ねえな。
「まあ、くだらん昔話などどうでも良かろう。帰るとするか」
確かに人の歴史は魔物との戦いの歴史だ。
その中で、多数の国や伝説級の英雄たちが異界の穴を封じて行った。
まあたまに新しいのが空くんだけどね。
それでも塞ぐ方が多いから、今の状態になった。だがこれからも攻防は続いて行くのだろう。
少なくとも、俺が生きているうちに解決する話じゃない。
「じゃあ、飛ぶか」
「いやちょっと待て」
「お前が帰るといったのだろう。行くぞ」
「走って帰れー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます