第72話 力だけならお前の方が強かったよ

 大体そんな余裕はないしねえ。


「これで最後だが、ここまでしてつまらねえ結末はごめんだ。すぐに終わるが一つだけ教えてやる。この道を外れたものは死ぬ。抵抗は出来ねえ、冥府行きだ」


「それはお互いかな?」


「察しが良いな、その通り。条件は対等だぜ」


 魔法の事は良く知らないが、詠唱が短すぎたし魔法陣も“魔略”の魔女印とは比較にならない程に小さかった。

 それにしては空間移動や一撃死は強力過ぎる。実現させるには、自分も含めて対象を絞るワードを入れる時間は無かった――そんな所だろう。


「じゃあ覚悟は決めたか? 闇に飛び込んで自決なんぞというくだらない結末は無しにしろよ」


 まあ分かってはいるが、この勝負を仕掛けられた時点でこちらの負けが確定。

 そう言える程に、勝ちを確信しているはずだ。

 細い一本道。強固な装甲。直線的な武器。完璧に自分の為に作られたフィールド。

 それを示すように、真っ直ぐに突っ込んで来る。

 これが普通の相手だったら、勢いを利用して左右に転がしてバイバイだ。自分の魔法でさようならって所なんだけどな。


 けどそうはいかない。なにせこの状態で使った呪文だ。戦い方も熟知しているだろう。

 それにここまで全ての要素が相手にとって有利って事は、無限に見える一本道も、どうせ何処かで切れて冥府行きなのだろうよ。

 対等な条件って何だろうな。


 当然の様に突き出される拳。そして伸びる爪。

 まだ避けるのは容易い。受けてもいい。まあどちらかしかないんだけどな。

 こんな所で危機回避が発動したらほぼ死亡確定だ。何処に避けるか分からんし。

 まったく、全てが俺に不利だね。しかし、それはこいつも知らなかった。

 だからこそというか、勝利を確信するまで使えなかったって感じだろうな。

 ついでに言えば、ここで使えば圧倒的に有利なはずの空からの攻撃が完全に消えた。利点を捨ててでも、接近戦で決着を付ける事にしたのか。

 まあ通じない攻撃に固執しないのはさすがだ。


 何はともあれ今は後ろに避ける以外に手段がないんだよな。

 相手の爪を短剣でいなしつつ、軽業で後ろにジャンプする。即転落じゃなくて良かったわ。

 さて、向こうの手の内はもう十分に分かった。

 問題はこのババアの短剣がどこまで通じるかだが、まあ一度通じているから十分だろうさ。


「さて、決着を付けようか。そろそろ帰らないと姫様が心配するんでね」


「何か考え付いたようだな。だがさせねえよ」


 まあ絶対の自信は分かるよ。

 俺のスキルはもう見せているが、だからといって簡単に底が見えるほど温く手に入れたわけじゃないんだよ。


 待つ必要は無い。こちらから距離を詰める。

 向こうは望むところといった所だろう。両手を前に出し、不規則な角度で8本の針を伸ばす。

 不規則とはいえ、計算されている。隙間は無い。バックジャンプするか、左右へ逃げて終わり。まあそんな所だろう。

 けれど逆に言えば、広げた分だけ密度は下がったって事だ。


 ギリギリの間隙をぬって、一本の針を掴む。

 普通の人間には通じても、体術スキル12が相手では通じない。

 だがそれで戻すほど奴は愚かではない――が膠着の不利は悟ったのだろう。

 捕まれていない手の針を引っ込める。意図は分かるが、半分が無くなったのだ。その瞬間に空間が大きく開く。人が通れるほどに。

 当然、その隙は逃さない。針から手を放し距離を詰める。

 同時に掴んでいた針も戻るが、こちらの方が早い。踏み込んだ勢いを利用して、全力で腹を刺す。

 だが浅い――が、それで十分だ。

 距離はもう互いがくっつくほど。

 当然横から針が来る。さっき戻したやつがな。

 そしてすぐ引っ込んだ針が狙ってくるだろう。これで勝利を確信したな。

 だけど悪いが全部予想通りだ。


 やはりこいつは強かった。

 迷宮であった男と比べても――いや、装備がある分、こちらの方が数段強い。

 しかし人間だ。

 心臓は腕には無いし、脳が腹にあるわけでも無い。俺とは――違う。

 この距離で俺に自由にさせた時点で終わっていたんだよ。


 伸び出てきた針はやはり不規則。だが少し広がる形。

 当然だな、距離を取りたかったのだから。

 だが取ってはやらん。

 左胸から肩まで針の一本が貫通する。


「貴様⁉」


「知らなかったお前が悪い」


 最初から分かっていた事だ。

 確かに普通の人間では避けようもない速さと不規則さ。

 急所に当たれば致命傷。

 そうでなくても、足とかを貫かれたら実質負けだろう。

 けれどそこまで。この攻撃には、“どこに当たっても相手を葬る”という恐怖が無い。

 当たりどころが悪ければ即死だが、言い方を変えれば当たり所が良ければ怪我で済む。

 それも当然か。こいつの本領はあの遠距離攻撃。普通の打撃や針もまた並の人間には通用するのだろうが――、


「相手が悪かったな」


 僅かの躊躇もなく、腹から引き抜いた短剣を額に突き立てた。

 確かに強固におおったろうが、やるのは高速での肉弾戦。呼吸も考えれば、どうしても頭は薄くなるものさ。

 とはいえ、語り掛ける言葉は持ち合わせてはいない。向こうももう聞こえちゃいないだろう。

 完全に即死だ。周囲の景色も次第に戻って来たな。

 しかし――、


「こっちは終わったぞ。そっちは随分と手間取っている様だが」


 だけど支援しろとか言われても断るぞ。ババアが倒せない相手などからしたら、俺など虫と同じだ。

 このビスタ―って奴も、ババアなら軽々と倒しただろう。

 まあその代りに先に俺が死んでいるだろうから、この組み合わせになったのだろうけどな。


「ああ、お前を待っていたんだよ」


「遊んでいたという訳ですか」


「そこまではいわんさ。ただビスタ―にちょっかいを出されると興が削がれる。それだけさ」


「舐められたものねと言いたけど、確かに彼を失ったのは痛いわ」



 顔の向きは変えていないが、一瞬だけこちらを見た気がした。

 地面にあるのは無数の血だまり。

 本人の鎧はズタズタだが、本人は傷一つない。

 ……いや不自然だ。鎧に付いた傷のいくつかは片面だけじゃない。間違いなく貫通している。

 もし鎧の傷通りに刃が通ったとしたら、今頃は手も足も首も無く、胴もバラバラな、見るも無残な状況になっているはずなのだが。

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