第71話 これが奥の手か

 奴との距離を一気に詰める。


「馬鹿が。焦ったか」


 伸びる8本の針。隙間はないな、普通なら。


 針を掻い潜り、手甲ごと左手の甲を貫く。

 同時に手前に切り裂こうとしたが――、


 ――ちっ、さすがにダメか。


 手を半分に斬りながらナックルも外してやろうと思ったのだが、しっかりと拳を握りしめてガードしやがった。

 意図を理解したのだとしても、人間に出来る事じゃないぞ、それは。


「なんだ、今の動きは」


「普通に歩いていただけですよ。いけませんねえ、飲み過ぎですか?」


 挑発には乗って来ない。こちらをしっかりと観察している。

 同時に降って来る大地を抉る何かも止まらないが、こちらは運任せっと。

 しかしまあ、1回目は成功した。だがこちらの負担も大きい。

 以前姫様とフェンケには話してしまったが、こちらの体術スキルは12。人を越える実験で身に付いた人では得られないスキル。

 しかしそれを実現させる事は簡単じゃない。こんなもの、体がついて来られるわけがないだろう?

 最大まで使えるのはそう長くはないのが難点だね。


 俺が最初の主人に隠し通したのも、使い続けたら1日も持たないと察したからだ。

 とはいえ、使うべき時には使わないとだめだよな。

 それに、この動きについてこられない事は分かった。それで十分だ。


「言ってろ。こんなかすり傷で喜べるとはおめでたいやつだ」


 ああ、めでたいね。

 短剣のスキルは14。これが俺の持つ最大の力と言っていい。

 だからこれであの鎧と体に傷付けられなかったら、その時点で完全に詰んでいたわけだ。

 しかし逆に通じるのなら話が変わる。

 速度も技量もこちらが上だ。もはや他に奥の手でも持っていなければ、こいつは見掛け倒しの案山子と変わらん。

 それじゃあ、余計な一手が出る前に畳みかけるか。


 再び一気に距離を詰める。

 当然針が伸びてくるが、今の状態なら当たる事はない。

 そして遥か後方に落下音。残念だが予想は外れたな。こちらは行けると思ったら畳みかける性格でね。


「こいつ……!」


 こちらの短剣を上腕の鎧で受けてから、時間差で右手の針が横合いから来る。

 だが当たらない。これしかないのなら、身軽さとスキル差で戦いの主導権は俺に移った。

 大体の戦い方や武器は分かったし、余計な隠し玉とかを出される前に片を付けないとな。

 そんな訳で、相手が態勢を整える前に後ろに回る。相手からすれば、消えた様に見えただろう。


 ――急所は十中八九ダメだろうな。


 しかし100パーセントの範囲を防げない箇所も存在する。肺だ。

 背中を滅多刺しにすれば何処かが通る――と思ったがね、やっぱり甘かったわ。


 最初の一発目で、もう刃が通らない。

 腕には通ったのだがな。背中の方が当然厚いが、そういった話じゃない。

 鎧がモコモコと変形し、全身を覆っていく。

 身長こそ変わらないのに、体が3倍に膨れ上がったと感じるほどに。

 振り向いたそこにもう剥き出しの顔はなく、代わりに顔といえば顔かなと言える程度の粗末な凹凸があるだけだった。


「そういえばその鎧、各自に合わせて自在でしたね。確かに手品はそちらの方が上ですわ」


 ――化け物め。忘れていたわけはないが、やはり実際見ないと判らないものだ。


 実際、変形すると言っても体形に合わせて変化するか、精々手足から刃が出てくる程度だと思っていたよ。

 さて今度こそババアに助力を頼みたいが、残念だがまだ戦闘中だ。

 俺とババアとの戦力差を考えれば、おそらく目の前にいる男よりあちらの方が圧倒的に実力は上。

 俺にこちらを任せたのは適材適所なのだろう――が、いくら何でも戦力比が違いすぎませんかね?


「さて、続きといこうか」


「無理して続けなくても良いですよ」


「安心しろ、すぐに終わる。ああ、言っておくが貴様を甘く見ていた訳じゃねえぞ。準備に手間取っただけだ。お前は俺が思ったより何倍も強かった。ただ運が無かっただけだ。じゃあな」


 今までよりも遥かに早く、明らかに重量までも増した巨体が一瞬で目の前に来る。


 ――ああ、普通なら死んだな。


 常人最高の体捌き程度では、これは避けられない。

 しかしこちらもまだまだ最高潮でね。


 当たれば体が吹き飛ぶパンチ。蹴り。更にはタックル。その合間々々にいちいち繰り出される不規則な角度の針。

 暴れる姿は生ける竜巻だ。その時点でも近づきたくないのに、何処から針が伸びてくるか分からない。

 しかも針と言っても十分に致命傷を与える太さだ。何処に当たっても厳しいな。


「不浄の刃。死出への道筋。逃げ出す者には贄を。これは勝者の為の栄光なり。ザントヘス・ベーン・ケヌスレンプラン・ザムラス・フェネアス・ラヴォーノ」


 空中に浮かぶ魔法陣。

 やめろクソ野郎が。この連中呪文もあったんだった!

 しかも聞いた事がねえワードだらけだ。こんなのどうしようも――その瞬間、世界が変化した。


 左右は真っ黒い闇。しかし俺の暗視スキルでは、その中に無数の手が見える。

 そして足元にあるのは幅1メートル程の光る道。

 天井は見通せない闇……これは空間を操る――いや、固定する呪文か。


「これはまた面白い。奥の手という奴ですかねえ? 何でアンタらは、最初に呪文を使わないんで?」


「何を言っているのか分からねえが。だが今度こそ終わらせてもらうぜ。こちらも忙しい身でな」


 つまりはババアの相手をしている方――サイネルとかいう奴の援護に行きたいって訳か。

 まあ、あれを相手にするのはさすがに厳しいだろう。俺には無理だ。

 ただね、そのサイネルって女もそうだが、それより格下らしい目の前のビスタ―って男も俺より遥かに格上なんだけど。

 一体そうしてこうなったのやらと考えたいが、走馬灯とやらになりそうなので止めておこう。

 取り敢えず、こいつは坑道の出来事を知らないって事は分かったしな。

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