第38話 合流


「はあ〜、探したわよ。あまりウロウロしないでよね。空から見つけるにも木が多くて見つけるのが大変だったわ。本当、こんなことで私の時間を浪費させないでくれる?」

「す、すいません……」


 俺はダンジョンの入り口へと引き返す道の途中でブラックモアとの戦いを終えたルーナと合流した。

 この様子。どうやらお怒りのようである。

 ネチネチうるさいな、納豆かよ、と心中で悪態をつきつつも、手間をかけたことは間違いないので謝る。


「……う、うまく、倒したみたいだな」

「ふん! 当たり前でしょ。私を誰だと思ってるのよ! 王国一の魔法使いよ?」


 相変わらずの尊大さだ。自分で言うなよ、と呆れる。


「あ〜疲れたわ。ほんと。っていうか聞きなさいよ! アイツ消えちゃったのよ。折角、死体を持って帰って研究しようと思ったのに……」 


 ルーナががっくりと肩を落としている。

 コイツ、やばすぎだろ……。魔族の死体を持ち帰る気だったのかよ。ドン引きである。


「いや、だから魔族はコアが破壊されると消滅するって言っただろ?」

「それにしても……」


 ジロジロと紅い目を上下させ、俺を見る。なんだ?


「本当にひどい格好ね。怪我してるし。完全に浮浪者じゃないの。ていうか、何で戦ってもないアンタがこんなボロボロになってるわけ?」


 俺の格好のことだった。まあ、そりゃそうだよね。こんな格好してたら突っ込みたくもなるよね。

 飛んできた魔法に派手に吹き飛ばされたせいで全身が傷だらけ。肌が広範囲に露出していたのが仇になった。空気が触れる度にヒリヒリして泣きそうだった。


「化粧は剥がれて顔面バケモノだし」

「…………」


 そっか。化粧してたんだった。それは完全に忘れていた。もう最悪だよ……。


「……こっちも色々大変だったんだよ」


 説明するのも面倒で適当にお茶を濁す。


「そう……アンタもうちょっとこっちに近づきなさい」

「えっ! な、何だよ……」

「面倒くさいわね……ほら、いいから」


 ルーナがぐっと俺の手首を掴むと、白く暖かい光に全身が包まれた。


「あ、ありがとう……」


 回復魔法だった。目に見えるところの傷が塞がって、痛みも引いていく。


 何だよ……急に優しくしやがって。……今の俺、ツンデレみたいで我ながら滅茶苦茶気持ち悪かったな。


「……別に。用も済んだしレーナードに戻りましょう。今頃、屋敷ではシアン達が裏切り者を捕まえているはずよ。あっちの対応もしなきゃならないしね」

「……ああ」


 頷く。屋敷の用具庫で別れて以来会っていない姉御が心配だ。


「ん?」


 その時、ルーナの右手に指輪が握られているのに気づいた。綺麗な指輪だった。薄紫の宝石がその真ん中で光っている。


「どうしたの?」


「それ……どこで手に入れたんだ? そんなの行くときは持ってなかっただろ?」


 俺は引っかかりを覚えていた。


――自分はこの指輪のことを知っている気がする。


 だが、どうしてもこれが何だったのか思い出せない。


「ん? ああ、これ? なんか倒した時にアイツの体から落っこちたから拾ったのよね。まあ死体は持って帰れなかったけどこれだけでも収穫かなと思って。でもね……魔力も何にも感じないのよ。何なのかしら、これ?」


 ブラックモアの持ち物か……?


「ちょっと貸してくれないか?」


 どうにかして真意が露見しないように取り繕いつつペンダントを取り返せないか試みる。何となくルーナに持たせてはいけない代物だった気がしたのだ。何だっけな……これ? 物凄く重要なものだった気がするのだが。


「なんで?」

「いや、ずっとペンダントに興味があってさ〜、このデザインを見てビビッときたんだよな。魔力も感じないんならただの装飾品だろ? 見せてくれよ」

「……アンタ、なんでちょっと声震えてるのよ?」


 動揺がバレバレだった。くそう。俺は嘘が下手なのだ。

 だったらなんて言えばいいんだよ。いざとなると機転の効いた言葉が思いつかない。


「ふ〜ん、なるほどね。これに何かあるのね? ねえ、教えなさいよ」

「嫌だよ……」

「いいから、話せ」

「…………」


 命令形。あくまでも自分が上だという高圧的な態度で距離を詰めてくる。実は良い奴なのかな、とか思った俺の気持ちを返してほしい。


「ほら、早く」


 ルーナの紅い瞳から発せられる圧が半端じゃない。怖え……怖えよ。思わずジリジリと後ずさり。


「い、いや、悪い。俺も分からないんだ。何となくこの指輪のことが引っかかっただけだ」

「そう? ふ~ん……」


 ――その時だ。ルーナは何かに驚いたように、突然、目を見開いた。


「!?」


 彼女の背後にストラマー辺境伯と同じような貴族の服装をまとった長身の男が立っていた。奴が振り下ろそうとしている大剣は確実に彼女の首を狙っている。


「……!」


 俺はルーナと対面する位置にいた。男がルーナの背後に現れたら気付かないはずないのだが、俺の目にはさっきまで視界になかった男が突然現れたように見えていた。


 一体いつからいたんだ……?


 だが、そんな思考も許さないほどの一瞬の出来事だった。ギュインと二人を覆うように障壁が展開される。ルーナによる防御だった。それとほぼ同時に貴族風の男が大剣で縦に大ぶりの斬撃。

 咄嗟にギュッと目を瞑る。だが僅かに前者の方が早かったようだ。剣先がカキンと甲高い音を立て、ルーナの頭上で弾かれた。もしその順番が前後していたらと想像して身震いする。


「……ほう、これに反応するとはやはりさすがですね」


――魔剣使いバトラー 。


 そこに立っていた魔族の名前だ。

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