第15話 魔物との遭遇3
ルーナの魔法によって倒したはずのトレントがどういうわけか復活していく。
どういうことだ……?
今までの経験で推し量れる範囲を超える事態が目の前で次々と起こっている。ペイスには何が起きているのか理解が全く追いつかなかった。
地面から飛び出した複数の根がルーナに飛びかかって来た。
「…………」
ルーナは狼狽える様子もなく防護障壁を的確に展開することでうまく攻撃を受け止める。
その場の全員が壊滅を覚悟している中、ルーナだけは冷静だった。
「……まさか」
ルーナは何かに気づいたのか、小さく呟くとトンと地面を蹴って跳躍。
飛行魔法で宙に浮かんだ。
ふわりと頭上高くまで飛ぶと、白く輝く月を背に空中で静止。
目を閉じる。
「ああ……やはり……」
数秒の後――
「そういうことですか。小賢しい」
ルーナは目を薄く開いて、下に広がった荒地の一点。騎士達がいるのとは少し離れた所に杖を向けた。
ギュインと魔方陣を展開。
魔方陣から出た光が一箇所に集まっていく。そうして出来た光の槍は長さ三メートルほどにまで成長した。
『光槍』
下にいるペイスや騎士達は余りのまばゆさに直視できないほどだ。
そして次の瞬間、光の槍は杖の指し示した先に向かって高速で飛んでいった。
さっき以上の爆音と振動だった。ルーナの放った魔法の威力の強さをペイスは肌で感じた。
「……!」
同時に耳をつんざくようなおぞましい断末魔があたり一帯に響く。魔物の死に絶える声にもならない音。
騎士達に迫っていた枝が魔力の粒子に変わって、まるで水に浸した氷が溶けるように消えていく。
「っ………」
ペイスが安堵と困惑の入り交じった感情のまま立ち尽くしていると、ルーナがゆっくりと地上にふわり舞い戻ってくる。
「ペイス隊長、負傷者は?」
「は、はい。いますが、重傷者はおりません」
「そうですか。それはよかったわ」
「恥を承知でお尋ねします。私たちを襲ってきたトレントの大群はいったい何だったのですか?」
そうだ。
奴らは倒しても倒しても湧き出てきた。更にはルーナの魔法で全て一掃されたと思えば今度は土の中から這い出てきてたちまち復活した。
とても自分達の知っているトレントとは似ても似つかない。
「いいえ。アレは大群などではありません。――トレントは一体しかいませんでした」
「……どういうことですか?」
「言葉通りの意味です」
ルーナも最初は複数体のトレントに包囲されているのだと思っていた。だが、広範囲に魔法を放って辺りを一掃しても倒せなかった。そこで改めて魔力探知でコアの位置を確認して驚いた。
奴らは巧みにコアを地中に隠していたのだ。相手は極めて狡猾。目に見える場所にコアはなかったのだから。
そして、その数は一つ。
それが指し示す事実は――
「地上に体の一部を出して複数体のトレントがいるように見せかけていたのです。大方、コアの場所を特定されないように隠して致命傷を避けるためだったのでしょう」
全てを理解したルーナは空中から狙いを定め、魔力を集中させて放つことで地面ごとコアを破壊したのだった。
「…………」
ペイスは頭では理解しても信じられないでいる。当たり前だ。魔物との戦闘経験もそれなりにある彼でもこんなことは今まで経験したことが無いのだから。
「……だとすればアレはもはやトレントとは呼べないでしょう。とんでもないバケモノです」
「……そうですね。私もあんな魔物は見たことがないです」
ルーナがペイスから目を逸らして完全に消え去ったバケモノの跡を見て言った。
「……一体、何が起こっているのでしょうか? 異常事態です」
「トレントが変異したのか、あるいは――いえ……残念ながら私もそれは分かりません」
木の魔物であることは変わらないため、トレントが変異したものと考えられる。
だが、仮にトレントの変異体だったとして、あそこまでの変異が何の予兆もなく突然起こるだろうか……?
ペイスの頭の中ではぐるぐるとあらゆる可能性が交錯する。
「とにかく王都に戻ったらお父様に報告しましょう」
「はっ!」
激しい戦闘により馬車は破壊され、その場には怯えて動こうとしない馬だけが残っている。これでは馬車は使い物にならない。レーナードまでは徒歩での移動となるだろう。
「シアン」
「はい」
ルーナはシアンに声をかける。ルーナや山本に少し遅れて馬車の外に出て来ていたシアンだ。
「一緒に彼らの治癒をお願いできますか?」
ルーナは目線で深手を負って地面にへたり込んでいる騎士を指す。
「承知いたしました」
ルーナとシアンで手分けして負傷した騎士達を魔法で治療した後、一行は歩いて目的地レーナードへと向かった。
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