第16話 違和感

 馬車が壊れ、馬も逃げ出してしまったため、ストラマー辺境伯領レーナードまで徒歩で向かうことと相成った俺達一行。


「はぁ……はぁ……」


 遠い……まだ着かないのか。


 休憩もほとんどなく歩きっぱなしだ。見れば空には日が昇っている。馬車が壊れて歩きだした時はまだ暗かったので、既に数時間は経過しているだろう。


 お陰で俺は完全に疲れ果てていた。歩き疲れて足が棒だ。馬車も酷い車酔いに襲われて地獄だったが、歩きは歩きで地獄だった。


 前方を歩く護衛の騎士達は鉄製の重い甲冑にさらに武器を装備しているというのに辛そうな表情ひとつ見せずにきびきび進んでいる。


 この世界の人間のバイタリティは一体どうなってるんだ……。


「大丈夫か? ソフィア殿」


 そんなことを考えていると声をかけられた。ペイス隊長だ。


「もしくは辛いのなら歩く速度を落とすように言うが……」

 

 どうしたことか隊長が俺に妙に優しい。実はこうして気遣いの言葉をくれるのもこれで何度目かのことだ。


「…………」


 隊長が心配そうに俺を見ている。


 あの性悪女が好き勝手言ってくれたせいで、ペイス隊長の中では俺は呪いで声を失った悲劇の少女ということになっている。恐らくはその境遇に同情してのことだろう。


 だが実際は全てが真っ赤な嘘。そう考えると彼を騙しているようでジクジクと罪悪感が刺激される。


 物凄く心苦しい。


「…………」


 俺は首を横にフルフルと振って気を遣ってもらう必要はない意思を伝える。


「そ、そうか……本当に無理なら私に伝えてくれ」


 ペイス隊長はそう言い残してルーナの方に戻っていった。


 一方で護衛に囲まれながら前方を悠然と歩いている性悪王女様だ。 


――昨日の魔物との遭遇。


 戦いの最中、俺は目の前で繰り広げられる圧倒的な暴力の応酬に打ち震えていた。


 何なら怖すぎてお漏らししてパンツに染みをつくっていた。今も顔には出さないがめちゃくちゃ下半身が気持ちが悪い。


 まあ、とにかく……その時は冷静に状況を把握する余裕もなかったのだ。


――だが、冷静になって考えて見るとおかしな出来事ばかりだった。


 一つ目にルーナだ。


 魔法陣の複数展開、そして敵にトドメをさしたあの強力な魔法。魔法陣の真ん中に魔力を集中させエネルギーの塊を撃っていた。あれは『光槍』という上級魔法だ。


 原作では上級魔法はゲーム中盤になって初めて習得出来る代物。俺も上級魔法を使えるようにするために苦労してルーナを強化した記憶がある。アレ、滅茶苦茶面倒だったな……。


 いや、そんなことはどうでもいい。問題は、なぜルーナはこんな強力な魔法をすでに習得しているのかだ。


 本編はルーナが帝国の学園に入学してから始まるため、今はまだゲーム本編の始まる前のはず。まだ本編開始前で俺の知っているこの時期の彼女に比べると明らかに強すぎるのだ。

 まあ、それを言えば、そもそもルーナが俺を召喚したこと自体が原作シナリオから外れた行為だったのだが……。


 二つ目にあの木の魔物。


 あれはただのトレントなどではない。

 

 ――エルダートレントだ。


 エルダートレントはトレントの上位種であり自然発生する普通のトレントとは違って魔族が作り出した突然変異体。極めて強力な魔物で本編開始後の最初のイベントのボスとして登場する魔物のはずだ。


 エルダートレントがここに出現したということは魔族が近くに潜んでいるということか? そんなことがあり得るのだろうか? イベントが前倒しで起こっている? だとしたら何故だ? 


 疑問が尽きないが情報が不足していて分からない。


 分かるのはこの世界の実情と原作シナリオと食い違っているということだけだ。


 アンデッド討伐イベントも原作とこの世界の現実ではズレが生じているのだろうか? 


 だとしたら俺がルーナに伝えた作戦は破綻してしまうだろう。


「…………」


 漠然とした不安を抱えたまま俺は前を歩くルーナや護衛の騎士達の後ろを歩き続けた。


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