第17話 ストラマー辺境伯1

 レーナードにたどり着くころにはすっかり日が暮れていた。


 世界史の教科書で見た中世ヨーロッパの城壁都市のように外敵の侵入を防ぐための城壁が街を囲み、街への入り口となる巨大な門が目の前に立つ俺達を威圧している。

 門の前では兵士たちがズラリと整列していた。恐らくはこの街を守る衛兵だろう。


 その中からマントを羽織った貴族風の男がルーナの前に近づいてくる。


「お待ちしておりました。王女殿下」

「ええ、遅くなりました。ストラマー辺境伯」


 この人がストラマー辺境伯か……。話によれば王国の中でも最も瘴気の被害の酷いツェッペリン平原一帯を治める有力貴族だという。

 顔立ちを見るに二十代前半くらい。おまけに男である俺も見惚れるくらいの物凄いイケメンだ。ルーナに向けた人好きのする笑顔はさながらテレビで見た男性アイドルのようだ。


「あの……失礼ですが馬車は?」

「実は道中で壊れてしまいまして……」

「えっ……」


 ルーナとイケメン貴族の間で問答が続く。


「レーナードへ至る途中の森で魔物と遭遇しました。何とか討伐しましたが、戦闘に巻き込まれて馬車が壊れてしまったのです。遅れたのもその為です」

「それは……本当ですか?」


 辺境伯は眉を寄せて難しそうな顔をしている。そんな表情も最高にイケてるのだからイケメンはずるい。


「ええ。この事については後ほど相談しましょう。ストラマー領内でのことですので、辺境伯も当事者ですからね。それより今日はもう遅いですので、宿に案内して頂けますか?」

「承知しました」



 特にすることもない俺はただ後ろで突っ立ていた。王族と貴族を武装した屈強な兵士達が囲んでいるこの状況では縮こまっているしかない。


 しかし――突然、イケメン貴族の視線が俺に向いた。目が合う。


 何だ?


「あの……ところで……彼女は?」


 ルーナに尋ねる。


 おいおい。なんで国王陛下もこのイケメン貴族も俺に触れてくるんだ。まあ、いかんせんこの見た目では目を引かざるを得ないか。厚化粧に首輪をつけたメイドなんて街を歩いていたら俺だってジロジロ見てしまうだろう。


「ああ……彼女はソフィアといいます。新入りのメイドですが。彼女がどうされましたか?」

「いえ、少し気になっただけです。話の腰を折ってしまい申し訳ございません」

「あら、まさか辺境伯は彼女のことが気に入られたのですか? 目の前の私を差し置いて」

「い、いえ、滅相もございません。殿下のお美しいことは今更言うまでもありません」

「ふふっ。ありがとう。でもいいのですよ。この娘が美しいのは私も認めるところですから」


 嘘つけよ。最初見た時に大笑いしてたくせに。


「……はい。それは否定いたしませんが」


 貴族様も困ってるし。俺が居心地の悪さを感じているとルーナがチラリとこっちを見て、口角をニィと歪めた。


――まさか……また余計なことを言うつもりか? 嫌な予感しかしない。


 おい待てと叫んで止めたかった。


 だが、理性がそれを押しとどめた。そんなことをすればこの場の全員に性別も素性も偽っていることがバレてしまう。自分の立場が悪くなるのは目に見えている。俺にはこの女の暴走を止める術はなかった。


 ――ルーナの口から放たれた言葉は耳を疑うものだった。


「なら、ソフィア。ここにいる間は伯爵につきなさい」


 え? 嘘でしょ? ちょっと、何言ってくれてるんだ?


「ソフィアはまだ新人です。きっといろんな経験をしておいたほうがメイドの修行になると思うのです。ソフィアは今は私のメイド見習いということになっていますが、もし彼女にとってより良い環境が見つかるならばその方がいいと思っています」


 もっともらしいことを言っているが、どうせロクでもないことを考えているに違いない。


「ストラマー辺境伯、どうか少しの間彼女を屋敷で預かってくれませんか?」


 こんな唐突なお願いだ。辺境伯も断るだろう。断る、よな……? お願いします! どうか断って下さい!


「そういうことでしたら謹んでお受け致します」


 マジか……。いや、まあ、そうだよな。普通に考えれば貴族とはいえ王女殿下の直々の提案を断る訳にはいかないだろう。


「さあ、辺境伯の隣に」

「っ……」


 何を考えているんだこの女は? そう思って横の糞女を睨み返す。だが、ルーナは愛想よく微笑むばかり。全く俺を相手にしていない。


 このクソアマ……好き勝手言いやがって! いつか覚えてろよ……。


 だが、相手は王族。周りには双方の護衛もたくさんいる。それに加えて今の自分の立場を考えるとこっそり真意を問いただすことも出来ない。


 はあ……腹をくくって黙って言うことに従うしかないか……。


 女装メイドはルーナに促されるまま、人好きのしそうな笑みを浮かべて自分の方を見ている辺境伯の前まで向かいお辞儀をする。


「私の前ではかしこまらなくて結構ですよ」

「…………」

「ソフィアさんとお呼びしてよろしいですか?」


 こくりと頷いてみせる。畏まらなくていいとは言うが貴族様との問答だ。緊張しないはずがない。表情も動きもぎこちなくなってしまう。


「よろしくお願いしますね。ソフィアさん」


 辺境伯は柔らかい物腰でニコリとイケメンスマイル。何というか破壊力がすごい。俺が女だっら速攻で陥落していただろう。

 彼の言葉にお辞儀で応える。


「王女殿下、我々の馬車で宿泊所までご案内致します。こちらへ」


 俺達は馬車に乗り込んでその場を発った。

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