第14話 魔物との遭遇2

 ペイスは焦りつつコンコンと馬車の扉を強くノックする。


 ルーナとメイド二人を逃がす為だ。


「…………」


 反応がない。もう一度強くノックをする。


 馬車の扉が開いた。


「王女殿下!」


 そこで姿を見せたのは王女殿下――ではなくメイドだった。それもシアンではなく偽物の女装メイドだ。


 この少女は……ああ、そうだ新入りのお付きのメイドのソフィア嬢だ、とペイスは思い出す。


 首にはめられた金属製の首輪があまりにも異質で目を引いた。


――呪いにより声を失った少女。


 王女殿下に拾われて、呪いを消すための首輪を付けながらメイドとして仕えることになったのだとか。


 実際は全てルーナの嘘で、目の前のメイドは異世界から来た女装野郎なのだが、そんなことはペイスは知る由もない。


「……っ失礼。ソフィア殿であったか」


 王女殿下はお休みになっているのか? 


 魔物との戦いでかなり騒がしくしていたはずだが。


 いや、それは違う。自分の見てきたルーナの姿を思い出す。圧倒的な魔導の才能。王宮に仕える魔道士でも今のルーナに勝てる人間は一人もいない。千年に一度の天才と呼ばれることは決して大げさじゃない。


 ああ。そうか、この程度の脅威は殿下にとっては脅威たり得ないというのか。一瞬、自分たちの存在意義は何なのだろうかと考えてしまう。だが、自分は使命を果たすだけだと邪念を振り払い、ソフィアこと女装野郎に声をかけた。


「すまないが、至急の用だ。王女殿下を起こしてくれぬか?」


 状況は切迫している。つい急かすようなきつい言葉が飛び出そうになるのを自重し、できるだけ優しく自分の要求を伝える。


 ペイスには山本やルーナと同じ年くらいの娘がいた。ゆえに目の前のメイドのおどおどする様子を見て湧き上がったのは父性だった。


 この娘は何としても無事に王城まで送り届けないといけない。


 ペイスが使命感を燃え上がらせていると――


「……は」


 ペイスの耳に声にならない声のような音が聞こえた。


 ん? いまメイドが声を発したような……? 彼女は声を失っていたはずでは?


 ああ、そうか。きっと王女殿下が治療の為に与えたよいう首輪の効果が出てきたのだろう。それならば良かった。


 目の前のメイドはひたすらにオドオドした様子だ。


 ペイスはソフィアに申し訳なく思った。自分達が不甲斐ないせいで彼女を危険な目に遭わせてしまっている。

 きっと王女殿下に拾われて王宮でメイドという職を得て、声もこれから取り戻していく明るい未来を期待していた所だっただろうに、と。


 無事に王都ジェネシスまで送り届けないといけない。一層の使命感を募らせるペイス。


 その内に、ルーナが馬車から姿を見せた。


「どうしましたか、ペイス隊長」

「……王女殿下に率直に申し上げます。山の山腹を過ぎていたところトレントの大群に遭遇し包囲されました」

「トレント……ですか?」

「はい。私自身も信じられないことですが、倒しても倒しても次が沸いてくる。あまりの数の多さに我々でも倒しきるのが難しい状況です。討伐を試みて既に数時間が経過しました。心苦しいですが殿下……」

「…………」


――どうかお逃げ下さい。そう続けるつもりだった。


 こんなことは王女殿下の護衛としてあってはならないことだ……。


 ペイスにとっては苦渋の決断だった。


 出発前にも主君であり盟友ともいえる国王陛下に護衛の使命を果たすことを誓った。


 それなのにこのザマだ。情けない。


 ペイスは血が滲むほどに唇を噛みしめる。


 だが、そんなペイスを気に留めずにルーナは馬車を飛び出そうとする。


「……どきなさい。すぐ行くわ」

「待って下さい! どうするおつもりですか!」


 ペイスは慌てて呼び止める。


「お逃げ下さい! 退路くらいは確保してみせます!」

「……なぜ、もっと早く知らせなかったのですか?」


 底冷えするような冷たい声。こんなルーナをペイスは知らない。


「私なら誰一人傷つけることなくこの場を収めることができます。――これは自惚れでもなんでもない。私を間近で見てきたあなたなら……分かるでしょう?」


 ペイスは幼少の頃からルーナを知っている。むしろ陛下にお目付役を申しつけられてその驚異的な魔法の才と成長を誰よりも間近で見てきた人間だった。


「……それでも殿下を守るのが我々の役目です」

「ペイス隊長。あなたは自分のプライドの為に自分の部下を殺すのですか」


 ルーナは語気を強めてペイスを詰めた。だが、ペイスはそれに押し負けることなく毅然と答える。


「……いえ。これは決して私一人のわがままではございません。我々は誇り高いバズコックス王国の近衛騎士。この中には使命を捨てて自分一人の命が助かればよいなどと考えている者は誰もいません。もとより誰もが命を捧げる覚悟でこの場に立っている。中途半端な覚悟でどうして近衛騎士など勤められましょうか」

「…………」


 沈黙。


「いいえ……。駄目です。この中の誰一人死なせるつもりはないわ」


 ルーナは一体のトレントの目の前までゆっくり進んで立ち止まる。トレントはルーナを警戒しているようで攻撃してこない。ただ木目のような目玉がその姿を見つめるばかりだ。

ルーナはさっと右手を横に伸ばすと、光と共に右手に杖が現れる。そして杖の先をトレントに向ける。


「下がりなさい」


 ルーナ近くで依然戦っていた兵士は、自分達がルーナの邪魔になってはいけないと、いわれるがまま素早く後ろに下がった。敵意を察知したトレントの大きな瞳が見開かれる。遅れて枝を伸ばそうとするが、遅い。


 白い光が杖の先に集中する。 


 爆音。


 気づけばそのあたりに十数体いたトレントがまとめて消し飛んでいた。ルーナの魔法を目の前でみたことがなかった兵士達はその威力に唖然とする。


「…………」


 だが、すぐに森の奥の方から新たなトレントが沸いて出る。根をうねうねと這わして魔法によってえぐれた土の上を埋め尽くした。


 騎士達は王女殿下でもだめなのかと全滅を覚悟した。


 だがペイスは知っている。ルーナがこの程度の魔法使いではない事を。


「面倒ね」


 今度は杖を真上に掲げた。ルーナや騎士達の周りを取り囲むように無数の魔方陣が展開される。


 ほとんど同時にさっきの白い光が全方位に放たれる。


 その場の誰一人も目を開けていられないほどの閃光と爆音。


 ルーナ達の周りは更地と化して巨大なミステリーサークルのようになっていた。


「すご、い……」


 騎士の一人が感嘆の声を上げる。ペイスを含めた誰もが今度こそトレントを全て駆逐したと思った。


「やったか……」


 自分達では多すぎて倒しきれないと思っていたトレントを王国一の魔法使いであるルーナが強力な魔法でまとめて葬り去った、と。


「!?」


――だが、それは違った。


 地面から木の根がにゅるにゅると巨大なミミズのように這い出してきたのだ。


 戦いは終わらない。

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