第13話 魔物との遭遇1


「隊長、トレントが出現しました!」


 トレントは木の魔物だ。この地方一帯に広がった瘴気によって森の木はすべて枯れ果てて葉を落としている。

 そのうちの一本。高さ二メートルほどの木が根や幹をうねらせてこちらに迫る。幹の裂け目には目玉がぎょろり。それに数人の兵士が対峙している。


「トレントか……」


 騎士隊長であるペイスが小さく呟いた。


 森林地帯にトレントが出現するのは特段珍しいことではない。


 いや、待てよ……? 


 ペイスの中で生じたのは違和感。


 何故こんな所にトレントがいるのか?


 首都ジェネシスからこの地方最大の街にして今回の目的地レーナードに向かうにはこの森を抜けるしかない。それなりに人通りも多いはず。


 トレントを含めた魔物は人々を捕食しようと襲う。だから、出現が確認され次第に冒険者や自警団によって対処されるのが普通だ。


 誰もトレントを発見しなかったということか? 


 そんなことがあり得るのだろうか?


 まあ、いい。


 到着したらこの場所の領主である辺境伯に確認するとしよう。

 放っておいては危険だ。いずれにしてもこいつは我々で倒しておかなければならないの。


「倒せ」

「はい!」


 トレントは大した魔物ではない。


 それこそ冒険者や自警団が個々で対処できる程の弱い魔物。


 今回同行しているのは陛下直属で王国随一の名門部隊であり実戦経験や訓練量に優れる第一近衛騎士隊の中でも実力に優れる騎士達。王国の精鋭だ。彼らならばトレントごとき一人で対処出来る。


 ペイスの指示を受けた若い騎士がトレントと対峙する。


 魔物にはコアと呼ばれる核のようなものがある。コアを破壊することで魔物は魔力の粒子になって消えるのだ。


 そしてトレントのコアは幹にあることが知られている。具体的には目玉の辺りだ。


 若い騎士は伸びてくる枝を軽く剣や盾でいなし、コアに向かって一撃を加える。トレントを倒すのには十分すぎる威力の斬撃。


 新人ではあるが、さすが近衛第一騎士隊に入隊するだけの実力だと隊長を務めるペイスも感心していた。


 見守っていたペイスも、そして周囲にいた騎士達もこれで終わりだ、そう思っていた。


 だが、どうやらそれは慢心だったようだ。


――次の瞬間。ペイスは視界の端に違和感を覚えた。


「後ろ!!」


 叫ぶ。


 ペイスが見たのは若い騎士の後方から目にも留まらぬ速さで伸びてくる枝。


 若い騎士は叫び声に何事かと反応して振り返る。


 だが、遅い。槍のように鋭利な枝先はすでに若い騎士の眼前に迫っていた。このままでは枝が突き刺さる。


 彼はその瞬間に死を覚悟した。


「っ……」


 ――響いたのはカキンという鋭い金属音。


「隊長……」


 枝を受け止めていたのはペイスの剣だった。叫ぶと同時に反射的に体が動いた。迫る枝と騎士の間に瞬時に割り込んでいたのだ。


 ペイスの背後で若い騎士は尻もちをつく。


「おい! 全員油断するな! 複数体いるぞ!」


 ペイスはその場の全員に指示を飛ばす。


 トレントは一体ではなかったのか……。


 トレントは知能の低い低級の魔物のはずだ。それなのに、まさか普通の木に擬態して、さらにその上、二体でおとり役と不意打ち役で役割分担をして連携で攻撃してきたというのか?  


 それ相応の知能がないと出来ない戦い方だ。先例のない事態にペイスは嫌な予感を募らせる。


「「「は、はい!」」」

 

 トレントと戦っていた若い騎士のみならず同行する全ての騎士が、ペイスの声に応じて護衛対象であるルーナを守るべく馬車の周りを取り囲むように展開する。


 一方で敵はもう擬態する意味はないと判断したのだろうか。


 枯れ木が次々とウネウネと動き出した。


 次の瞬間には幹をねじらせ、無数の枝が四方八方から騎士達に襲いかかってくる。


 見れば彼らを無数の目が取り囲んでいた。


「くっ……」


 切っても切っても減らない。兵士達は不安と恐怖に駆られる。


 まさか、まさか、この森すべての木がトレントだとでもいうのか。


「ぐわっ……」

「おい! 大丈夫か!」


 すでに何人が負傷して戦線を離脱した。


 戦いが長引いている。このままではジリ貧だ。真夜中の戦闘ということもあって優秀な兵士達にも疲れの色が見え出す。


「っ、隊長! このままだと……」


 騎士の一人が仲間達の心の叫びを代弁するようにペイスに言う。――このままだと全滅する。台詞の続きはこの場の誰もが理解するところだった。

夜闇のなか五感を最大限働かせて縦横無尽に迫り来る枝を捕捉し続けなければならない。終わりが見えない戦い。


 少しでも見誤れば体を枝が貫くという恐怖にいつまで耐えればいいのか。 


 彼らの限界は近かった。


「…………」


 ペイスは答えない。


 彼にとっては苦渋の決断だ。王国を守る騎士としてのプライドがあったからだ。


「隊長!」

「……わかった。殿下に避難をお願いしよう」


 ペイスは自分の背中を部下に預けると馬車へと走った。

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