第12話 作戦会議

「シアン」

「承知いたしました」


 ルーナがシアンさんに俺たちのこれからの予定について説明をするように促す。


「まずレーナードまでは馬車で三日かかるので、その間は馬車で寝泊まりすることになります」


 マジかよ……。


 地下牢に閉じ込められている間、ずっと座った状態で睡眠を取っていた。いい加減そろそろ寝そべって寝たい。

 だが、ここには一応は毛布の様なものもあるし、地下牢の固く冷たい床の上で寝るよりはマシかと思い直す。


「到着後はストラマー辺境伯の用意した王族用の宿泊所があるので、そちらに一週間ほど滞在します」


 王族の宿泊所ってどんなのだろう? 日本で言うならば将軍を迎えるために築かれたという名古屋城の本丸御殿のような感じだろうか。だとしたら絶対金ピカだろうな、それ。


 益体もない想像をしている内に説明は続く。


「その一週間の内に数ヶ所の慰問が予定されています。時間の都合や人の目も考えてツェッペリン平原に向かうのなら夜に抜け出すしかないでしょう」

「――ツェッペリン平原には私とコイツで向かうわ」

「えっ……」


 嘘でしょ? 俺も行くの? 


 驚きのあまりに間抜けな顔を晒してしまう。


「アンタ……その顔……。まさか自分はそこまでは行かないだろうなんて思ってた? 言い出しっぺがお留守番なんていい訳ないでしょ。むしろ私はアンタの妄言に付き合ってる方なんだから。地獄の底まで付いて来てもらうからね」

「…………」


 本当は文句の一つでも口にしたかった。だが、側にはシアンさんがいて会話を聞いている。そして、ルーナの言うことも乱暴だが間違ってはいないので俺は口をつぐむ他なかった。


 不安だな……。五体満足で帰れるといいが。


「シアンはその間に……分かってるわね」

「はい……」


 ルーナがシアンさんに目配せをした。


 何だ?


「え? どういうことだ……?」

「いや、これはアンタには関係ないから、気にしないで」

「……?」


 俺には言えない何かがあるようだ。


 少し気にならないといったら嘘になるが、関係ないというならこちらとしては行幸。むしろお前も無関係じゃないとか、協力しろだとか言われたほうが困る。

 せめて巻き込まれないことを祈るばかりだった。


 俺はこの世界だと一般人以下、ミジンコレベルの弱さだ。変なことに巻き込まれたら自分の命が危ない。シアンさんに殺されかけたことで自己防衛と危機管理の意識が高まっていた。


「あの、ルーナ様……私にあんな大役が務まるでしょうか。私はルーナ様ほど強くありません。攻撃魔法は使えませんし、出来ることといえば精々暗器を扱えるくらいです」

「何、不安なの?」

「ええ……少し」

「……大丈夫よ、シアンほど優秀な人間には今までであったことはないわ。自信を持ちなさい」


 俺の対面では自分の役目に不安を漏らしたシアンさんをルーナが励ましていた。何だかんだ主人とメイドとして強い信頼関係で結ばれているのだなと少し微笑ましく彼女たちを見る。仲がいいようで何よりだ。いや、俺は孫娘を見守るおじいちゃんかよ……。


「えっ、そ、そんな……んっ」

「あれ……シアン、どうしたの?」


 益体もないことを考えているとシアンさんの様子がおかしいことに気づく。見れば顔を赤くして俯いている。体調でも悪いのだろうか。


「いっ、いえ、な、何でも、も、もも、ございません」


 いや違う。そういう雰囲気ではない。


 何と言うか声がエロいのだ。まるで喘ぎ声のよう。


――そこで俺の頭に一つの推測が浮かんだ。


 まさか……このメイド、ルーナに褒められたことで興奮してるんじゃなかろうか? 


 いや、でもまさかそんなことあるはずがない。だってもしそうならばとんでもない変態じゃないか。


「はっ♡あっ♡ルーナ様♡」


 前言撤回……多分当たっている。


 嘘だろ……この人褒め言葉だけで興奮できるのか?……いくらなんでも上級者すぎる。そんな奴いるのか。さすが異世界だな。


「え、シアン、大丈夫? お腹でも痛いの?」


 俯いている彼女の顔を覗き込み真面目そうに心配するルーナ。


 シアンさんに対しては気遣いすら見せる。かなり彼女のことを気に入っているようだ。


 そういえば、ルーナはシアンだけをメイドとしてずっと側に置いてきたと国王陛下も話していた。この反応を見る限り本当にシアンさんのことをただ忠誠心の厚いメイドとしか思っていないのだろうな。


「あっ♡、はっ、ん~~~♡」


 ルーナのかけた気遣いの言葉だけで絶頂してしまったシアンさんである。


「えっ……ちょっと、シアン! どうしたのよ!」


 ルーナがシアンの肩を抱く。だが逆効果。見ればシアンはアヘ顔を晒していた。こんなんで今までよくメイドをやれたものだ。


「か、顔が真っ赤じゃないの! ちょっと! 馬車を止めて下さい!」


 もはやルーナが可哀想に思えてきた。


 全ての事情を把握している俺は我関せずとばかりに、二人から目を逸らして窓の外の景色を眺めていた。


 作戦会議はこの騒動によりうやむやになったまま終了した。



 俺達は馬車の中で一晩を過ごし、またもう一晩がやって来た。


 護衛の騎士達は夜の間どうしているのかというと、交代で警備にあたって休憩に入る場合は騎士用の馬車で仮眠をとっているようだ。

 騎士達の苦労を考えると性別も身分も偽ってずっと馬車に乗りっぱなしの自分が何だか申し訳なくなってしまう。


 だが、こっちはこっちで大変だったのだ。

 あの変態レズメイドがひとしきり興奮しきって落ち着きを取り戻した後のことだ。

 馬車が走り出して二時間ほどが経過した頃からだったろうか。


――俺は強烈な車酔いに襲われていた。


 まず、そもそもが三半規管クソ雑魚野郎だ。遠足のバスも最前席を真っ先に確保してきたタイプ。

 それに加えて、この世界の道路は異世界仕様。舗装された道路などない。

 酷い揺れが断続的に脳味噌を揺らして来た。


 おかげで気持ち悪くて昨晩は眠れなかった。

 

 空腹と酔いのダブルパンチで気分は最悪。


 一方で、ルーナとシアンさんはそれはもう気持ちよさそうにぐっすり寝ている。彼女達はの世界の人間。馬車での移動など慣れっこなのだろう。


 くそう。こいつらのせいでこんな目に遭っているのに。この腹の立つ寝顔に洗濯ばさみを挟めるだけ挟んでやりたい。


 そんな下らないことを考えていると馬車が止まった。


「…………」


 なんか外が騒がしい。騎士達だろうか。


――まさか……戦闘?


 するとコンコンコンコンとすこし荒くドアが叩かれる。ルーナとシアンさんはまだ寝ている。どんだけぐっすりなんだよと、呆れる。


何度も何度も戸を叩かれる。仕方ないので山本は馬車の扉を開けた。


「王女殿下!」


扉の向こうにいたのは護衛の部隊を率いるムーア隊長であった。


「っ失礼。ソフィア殿であったか」

「…………」

「すまないが、至急の用だ。王女殿下を起こしてくれぬか?」

「……は」


 はい、と答えようとして思いとどまる。


 そうだった。自分は今、声を失った不幸な少女ソフィアなんだ。すっかり忘れていた。危うく嘘がバレるところだった。 


 無言のまま頷きで応えてルーナの肩を揺さぶる。


「んっ~……」


 なんか眉にしわを作って甘い声でうんうん言いながらそっぽを向くルーナ。


 想定外にかわいい反応にイラッとする。


「う〜ん……寒い……」


 いいからとっとと起きろやと、ばかりにガクンガクンと強く揺さぶる。当然今までの恨みつらみも込みだ。鞭打ちも免れない勢い。


「ん……何よ?」


 ようやく瞼を開いたルーナと目が合う。よだれを垂らしてだらしない顔。


「…………」


 無言で視線で開けられた馬車の扉の向こうに控える隊長を顎で指し示す。


「どうしましたか、ペイス隊長」


 さっきまでごねていたのはどこに行ったのか凜とした声で隊長に話しかけた。


 切り替えの早い女である。


「王女殿下に申し上げます! 山の山腹を過ぎていたところ魔物の群れに遭遇いたしました。心苦しいですが殿下……」


 ペイス隊長はそこまで言うと俯いて口をつぐんだ。恐らくは自らの守るべき王女殿下に逃げてくれと頼むのが心苦しいのだろう。

 魔物……? 


 確かに魔物が出現するのはこの世界では珍しくない。旅の道中で遭遇した魔物を討伐するイベントも原作にはあった。


 だが違和感が一つ。ペイス隊長を含めて同行している騎士はその他の王国の先鋭のはずだ。そんな彼らでも倒せない魔物って……。


 嫌な予感がする。


 だが、ルーナは目を瞑ったかと思うと数秒。


 そして――


「……どきなさい。すぐ行くわ」


 それだけ言い残しルーナは馬車から飛び出した。


 青い月の光に照らされたルーナの横顔は今まで見てきた彼女のどんな表情よりも美しく見えた。

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