第11話 馬車の中
馬車はバズコックス王国の首都ジェネシスの大通りを進んでゆく。
「ほへ〜」
海外旅行にすら行ったことのない俺にとって異世界の街風景は極めて刺激的だった。人々の営みや建築物のデザインなど目に映る全てが新鮮。
『王女殿下〜!』
沿道では大勢の人々が並んでルーナに向けて声援を送っている。
『おい! 見ろよ! 殿下が俺に手を振ってるぞ!』
『あ? 何馬鹿言ってんだ! 俺に振って下さってるに決まってるだろ!』
『王国バンザイ!』
すごい人気だ。
俺の対面に座るルーナはもう片側の窓から沿道の人々に笑顔で手を振り返している。
一方でシアンさんはピクリとも動くことなくその横に無表情で座っている。整った顔立ちも合いまって、まるでメイド服を着せたマネキンのようだ。
さて、俺は今ものすごく不安だ。
なぜか?
実は牢屋から連れ出されて以降、一切何も説明されていないのだ。よく分からないまま女装させられて馬車に揺られている俺だ。お陰でめちゃくちゃ不安だ。
瘴気の解決の為にツェッペリン平原へ向かう。それ以外は何も理解していない。
俺はどこで、何をさせられるのだろうか。戦える訳でもあるまいし。
しょうがないから聞いてみるか。この女と話してもムカつくだけだからなるべく話したく話したくないのだが……。
「……あ、あの結局、俺は何をすれば……?」
小声でルーナに話しかけたその時――
「……なぜルーナ様に聞くのですか?」
「……!」
――横のメイドが口を挟んできた。
なぜ自分ではなくルーナに話しかけたか、だって?
アンタにビビっていたからに決まっているだろ!
風呂場で彼女に殺されかけて以来、シアンさんに対してのトラウマがどうしても拭えないのだ。次に地雷を踏んだら今度こそ殺されるかも知れない。
正直、関わりたくない。
――だがそんな俺の行動が見事に彼女の地雷を踏み抜いてしまったようだ。
シアンさんが顔を近づけ耳打ちしてくる。
「不用意にルーナ様に話しかけないないで下さい。とても不愉快です」
「ひえっ……」
絶対零度の殺気のこもった声だった。トラウマがジクジクと刺激される。
「ねえ……何をヒソヒソと話してるの?」
「……いえ、山本様が尿意を催されたようなので、我慢していただくようにお伝えしただけです」
「えっ……」
何それ? 俺そんなこと一言も言ってないよ?
戸惑っていると、シアンさんの眼光が鋭く俺を射抜いているのに気づく。どうやら話を合わせろということらしい。
はあ……本当に……もう。ルーナもこの人も俺を巻き込むのは止めてほしい。
「えっ、ちょっと! 漏らしたらぶっ飛ばすからね!」
ルーナがきゃんきゃん騒ぎ出した。別に漏さねぇよ……。
はあ……しょうがないから話を合わせますかね……。
「……いや、大丈夫。当分は持つから。それより行き先とか俺は何をすればいいか教えてほしいんだが……」
「ふ〜ん、ならいいけど。漏らす前に言いなさいよね。特に糞だけは絶対に漏らさないで! ホント、アンタの糞の匂い、鼻がひん曲がりそうだったんだから」
「…………」
もう反論する気も起きない。
「……シアン。コイツに今回の遠征の説明してあげなさい」
「承知しました」
シアンさんが説明を始めた。
「旅の目的地はストラマー辺境伯領の中心都市であるレーナードです。瘴気の被害が酷かった今回の遠征の名目はこちらでの慰問活動になります」
「慰問っていうのは……」
「瘴気による被害は甚大です。たくさんの国民が床に伏せっています。子供やお年寄りの中には死亡者だって出ています。それを慈悲深いルーナ様は自ら足を運ばれて手を握り激励されているのです。人々はルーナ様をこんな風に」
語るシアンさんは口調こそ淡々としていたが完全に目がキマっていた。
身を震わせて恍惚とした表情。完全に忠誠心が暴走してイカれてしまっている。もう狂信者の域。
怖すぎる。
ルーナの前では上手く猫をかぶっているようだが、彼女の歪みきったルーナへの想いを聞かされてしまった俺には分かる。分かってしまうのだ。
というか逆になんでこれにルーナは気づかないんだ……。不思議だ。
シアンさんのキチガイっぷりにビビった俺は悪寒に襲われた。その瞬間、せっかくの新品のパンティーを尿で濡らした。
恐怖には逆らえず会話の相手をルーナにシフトする。
「ルーナは魔道具の開発が得意じゃないのか? それでなんとかすれば……」
ルーナは魔道具にも精通しているはずだ。事実、首に付けられている奴隷の首輪も彼女のお手製。
「馬鹿ね。魔道具はそう簡単に量産出来ないの。それだったら回復魔法のほうがまだたくさんの人を救えるわ」
「…………」
どうやら見当違いな意見だったらしい。
「え、えっとそれで俺たちの目的は……」
シアンさんの方にちらちらと注意をむけつつルーナの様子を伺う。
シアンさんは俺がここにいる経緯をどこまで知っているのだろうか。今更ながら把握していなかった。
ルーナが知られたくないのにバレてしまってはまずいだろう。まあ、それもこれもろくに俺に情報を共有していなかったルーナが悪いのだが。
「シアンなら全部知ってるわよ? だからこの場では隠す必要はないわ」
「そ、そうか……それならよかった」
改めて俺は尋ねる。
「――アンデッドの方はどうするんだ?」
「まさかアンデッドがツェッペリン平原の地下に住んでいるなんて今も信じてないけどね。だって仮にいたとして誰も見つけてないのは不自然だもの」
そうだ。
――アンデッドだ。
あの日、俺なら瘴気を解決出来ると、ルーナに啖呵を切って打ち明けた内容。
アンデッドとは死者の霊が魔法――死霊術によって操られた存在。それがツェッペリン平原の地下には大量にいる。長い時間をかけて数を増やしたアンデッドは地上の人や動物、植物の魔力を吸い取るようになってしまった。それこそがバズコックス王国を襲った瘴気の原因。
――それがゲームをプレイした俺が知っている瘴気の真実だった。
まさかとは思うがアンデッド討伐に連れて行かれる訳じゃあるまい。そんなことになったら今度こそ俺は死んでしまう。
「そうね……この際、今回の計画について今一度確認しておきましょう。手違いがあったらまずいし」
作戦会議が始まった。
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