第44話 首絞め


 ルーナはパンイチ男の首に付けられた服従の首輪を見て、山本とのファーストコンタクトを思い返していた。


 興味本位で服従の首輪を無防備なままの山本に着けたルーナは弱々しく情けない姿を晒す山本の姿を見ている内に、その首を絞め上げたい衝動に駆られたのだった。

 あれ以来、山本との約束に従って首を絞めることはなかったが。


「悪いわね、アンタとの約束破るわ」


 きっとこの至近距離なら首輪を操作出来る範囲内だろう。


「何をぶつくさ一人で言っておる? 気でも触れたか?」


 もやし男は薄紫の目を鋭く光らせて言う。


 ルーナはその男の顔を見て今まであったことを思い返していた。


 山本を召喚した時、ルーナは王国を襲う瘴気の対応に苦心していた。三年前、突如として発生した瘴気。それに伴う魔力欠乏症の蔓延。

 何も有効な策も打てないまま慌てふためくばかりの国王たる父や周りの大人達に酷く失望した。だが、何も出来ないのは自分も同じだった。

 自分に出来ることをしようと考えて何度も慰問に向かったが、根本的な解決には繋がらない。


 そこでルーナは古代の大魔導ベルベットの書物に記された救国の召喚魔法を使うことにした。その術式の複雑さに加え、規格外の魔力が必要になるため今までその魔法が使われることはなく忘れ去られていたが、ルーナならば使うことが可能だったのだ。


 魔力もない期待外れのもやし男だった。ガッカリだった。だけど、そいつは自身満々にこう言って見せたのだ。『この国を救えるって言ったらどうしますか』と。


 最初はその言葉を信じられなかった。何も根拠のない戯れ言だと。


 でも、山本はいつも正しかった。


 アンデッドの存在。そのアンデッド達の救っているというダンジョンの位置。敵であるブラックモアの弱点やコアの位置。それらを正確に言い当てた。


 まだ分からない。分からないが、きっと王国は救われたのだろう。


「絶対助けるから」


 ルーナは心の中で念じた。


――締まれ!


 首輪が傍目に見て分かるほどにギュッと締まった。山本が第二次性徴期を経た証である喉仏が潰れていてもおかしくないほど。


「なっ……な、んじゃ、これは?」


――締まれ! もっと締まれ!


 遂にブラックモアに変化が訪れた。顔面が蒼白になっていくのだ。


「こ、小娘! お前、何をした!」

「効いてる……」


 精神は魔族とはいえ、今は人間の肉体だ。首を強く絞められればひとたまりも無い。魔力で肉体を強化することが出来ればその限りではないが、ブラックモアは大火力の魔法を使うことに特化したタイプ。あまりにも状況が悪い。


「この、首輪のせいか……? こんな小道具でこの儂を倒せると思うなよ! 小癪な……」


 ブラックモアが首輪を両手で掴むと、その握った手が紫色に光った。恐らくは首輪を魔法で破壊しようと試みたのだろう。

 だが、その試みは無駄に終わったようだ。


「……なっ!」

「――無駄よ。その首輪は私でなければ外すことが出来ないの。例えどんなに力を加えようと、どんな魔法を使おうと外れないわ」

「がっ……ぐっ……な、んだ、これ……?」


 更に首を絞められたブラックモアは白目をむき、膝をついた。


「ば、か、な……」


 ブラックモアはドサリと地面に倒れて完全に気を失った。その瞳は完全に閉じられ、パンツ一丁のみすぼらしい男が地面に突っ伏して倒れる格好になっている。


「山本、しっかりしなさいよ!」


 ルーナは倒れた山本に駆け寄った。



『良かったな。お前は永遠とも言える命を手に入れた。この暗闇の中で永久の時を過ごせばいい』

「……嫌だ」

『絶望しているのか? でも全てお前の行動の結果じゃないのか? 指輪をはめるなんて危険な行為を自ら犯したのだからな』

「くそっ、くそくそくそ」


 駄々をこねる子供のように喚くことしか出来ない。


『ぐっ……』


 何だ? ブラックモアの様子がおかしい。さっきまで勝ち誇ったようなセリフばかり吐いていた彼女は急に黙りこくって、呻き声のような声を上げている。


『がっ……ぐ、ぐる、しい……』


 どういう訳かブラックモアが苦しんでいるようだ。聞いていれば伊達や酔狂ではないことはよく分かった。だが、俺は目の前で起きていることの状況の理解が全く追いつかず戸惑うことしか出来ない。


 でもただ一つ。


 ルーナが何かをしたのでは無いか。そんな予感がしていたのだった。


――答え合わせはすぐだった。


「お、おいブラックモア、どうしたんだ……?」


 そう尋ねた瞬間。


 ――首が締まる感覚がした。苦しい。何だこれは?


 俺は何も感じなかったはずだ。視覚も聴覚も感覚を全てブラックモアに奪われていたはず。外界から隔絶されていたはずだというのに何故? 


 これはまるであの時の感覚と同じだ。


 ああ。今ではまるで遠い昔のように思える。俺が目を覚ますと王城の地下牢に閉じ込められていた。すると赤い眼の少女がやって来て俺の首に首輪を嵌めて理不尽にも首を締め上げたのだ。苦しかったな。


『………と』


 音までもが聞こえ始める。


『……もと……てよ!』


 幼い声のブラックモアとは違う鋭く強い芯の感じられる声。

 同時に光が差し込んでくる。眩しい。


『山本! しっかりしてよ!』


 見慣れた赤い瞳が俺を見下ろしていた。

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