第43話 窮地の王女
ルーナは山本の意図に気づいてその指に拾った指輪をはめた。だが、山本はルーナに背中を向けたまま何も答えない。
「死ね」
構うことなくなくバトラーが魔剣を山本に向かって振り下ろす。
「あ……」
ああ。駄目だった。山本のことを守ると約束したのにも関わらず守ることが出来なかったのだ。ルーナは無力感と後悔に襲われた。
――だが、その刃は山本には届くこと無く静止した。
「!?」
バトラーの瞳が驚愕で染まる。
「……お前、何をした?」
山本はずっと俯いていてバトラーはその表情を伺い知ることが出来ない。
「その指輪……まさかとは思うが」
「ハッ……」
ずっと沈黙していた山本が声を漏らした。そして次の瞬間、顔をあげる。
「……!」
だが、その目を見てバトラーは事態の異常さを理解する。その瞳からは光が失われていたのだ。怪しく紫が光っている。
「お前……」
と、その時。
「ハッハッハッハ」
山本が高らかに笑い声を上げ始めたのだ。あまりにも異様な光景にバトラーもルーナも顔をひきつらせている。
「ア、アンタ……どうしたのよ。しっかりしてよ!」
ルーナが呼びかけるも山本は笑い声を上げるばかりで反応しない。
「お前……誰だ……?」
戸惑っているバトラーに構わずに沈黙を貫いていた山本が遂に口を開いた。
「フフフッ、一度ならずとも二度も儂に復活の機会が訪れるとはな……。儂にもどうやらツキが回ってきたようじゃな?」
明らかに山本の口調がおかしい。そしてその特徴的な喋り方にルーナは心当たりがあった。
「……もしかしてあなた……ブラックモア?」
「ハハハッ、大当たりじゃよ、小娘!」
まさか、そんな馬鹿な。
「ふざけてる、わけじゃないのよね……?」
「そんなわけなかろうに。大マジも大マジじゃ。儂があの小僧の体を乗っ取ったのじゃよ」
「そんなこと……有り得ない。だって私が倒して確かにあの時、消滅したはずなのに……」
ルーナがぶつぶつ呟いているのにも構わずに山本の体を借りたというブラックモアは正面のバトラーに目を向けた。
「……何じゃお前。その魔力、まさか魔族か……?」
「あなたこそ誰ですか? 私はそこの王女様を始末しなければならないんです。邪魔なのでどいて下さい。それとも協力してくれるんですか?」
「はあ? コイツは私の敵じゃ。この小娘に勝ち逃げされるなど儂のプライドが許さん。他の誰にも渡すわけにはいかんわ」
「魔王様の指示ですよ……それとも魔王様に逆らうというのですか?」
ブラックモアとバトラーは同じ魔族でありながらお互いのことを知らないようだった。
「魔王……? 何じゃそれ……?」
「は?」
バトラーがブラックモアを信じられないという面持ちで見る。
「ま、魔族でありながらその頂点に君臨する魔王様を侮辱するのですか?」
「え? だって知らないし」
バトラーは一瞬悩んだ素振りを見せると、溜息をついた。
「はあ……全く、今日は何一つ思い通りになりませんね」
苛立った様子で頭を掻いている。バトラーからしてみれば回りくどく部下を使ってルーナを暗殺しようとするも全て失敗に終わり、業を煮やして自らの手でルーナを処分しようとするがブラックモアの邪魔によってこれも失敗した格好。苛立つのも無理はない。
「ルーナ様、今日の所は見逃して差し上げます。でもこれで諦めたなどとはゆめゆめ思わぬように」
バトラーはそのまま姿を消した。
「…………」
「なんじゃ、アイツ……」
その場に取り残されたのはルーナと山本の体を奪ったブラックモア。
「まあ、いいわ。おい、小娘」
ブラックモアが呼びかける。
「魔族が滅びたなど嘘っぱちではないか。まさか小娘、儂を騙そうとしておったのか?」
「…………」
ルーナは答えない。
「だんまりか? あの魔族が現れる前に戦った時は散々威勢のいいことを言ってくれていたというのに、あの時の覇気はどうした?」
「アイツは……山本は……どうしたの?」
ようやく口を開いた彼女が口にしたのは山本のことだった。
「返してよ! アイツに体を返してよ……」
「やっと長い封印から復活できたのじゃ。儂が返すと思うか?」
「……っ」
「さて、邪魔者もいなくなったことじゃ。小娘、覚悟はいいか? さっき儂が受けた屈辱を何倍にもして返してくれるわ!」
ブラックモアは地面にへたり込んだままのルーナに近づいて、その首を片手で鷲づかみにすると力任せに締めた。
苦しくて堪らない。ジタバタと藻掻くがその手は首を離してくれない。
ブラックモアは片手でルーナを持ち上げている。非力な山本に出来る芸当ではない。今の山本が山本ではないと一目で分かる光景だった。
「がっ……」
しばらくの後ルーナは地面に乱暴に放り投げられた。
「ハハハッ! 魔力も気力も尽きた今のお前を殺すことは容易いが、それでは面白くない。精々苦しんで儂を楽しませるがいい」
ブラックモアは首を絞めた彼女の苦悶の表情を見て満足げに高笑いをする。
「本当に何やってるのよアイツ……」
地面に倒れ込んだルーナは手をつき奥歯をギリリと噛んだ。
「勝手に危ない所に飛び込んできて、勝手に死んでんじゃないわよ……」
脳裏で描いたのはバトラーに殺されてしまうと言う時に、その間に飛び出してきた山本の背中。そしてルーナの言葉にも従わずに立ち塞がり続けた。
あの男がいなければここまでやって来ることは到底できなかった。国中に瘴気が広がり王国の民が苦しむのをただ無力に見ていることしか出来なかったはずだ。
ルーナは山本に感謝をしていた。
ブラックモアがまた地面に倒れ込んだルーナに近づいてくる。まだ拷問を続ける気なのだろう。
でも、どうすればいいのか分からない。
――そんな時だった。
「もしかして……」
ルーナの目についたのはブラックモア、山本の首元にキラリと光る首輪だった。
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