第45話 気まずい沈黙
「あ……」
俺の視界に広がった青空を、眉を寄せて俺の名前を呼ぶ彼女の顔が隠していた。すぐに地面に仰向けになってルーナが顔を覗き込んでいるのだと理解した。
「俺は……」
自分でも声が掠れているのが分かった。
「あ、アンタ……目が覚めたの? わ、わたしが分かる……?」
慌てるようにして俺に呼びかけている。彼女の長い髪が揺れる度に頬に当たってくすぐったい。
「……ルーナだろ? 分かるよ、勿論」
俺は仰向けの状態のまま答えた。
ルーナは全身ボロボロだった。高そうな服もあちこち破れてその隙間から痛々しい傷跡が覗いていた。バトラーやブラックモアとの壮絶な戦いの証だ。
そんな彼女は俺をじっと見ると、唇を歪めて目尻に涙を溜めた。
「馬鹿!」
「えっ……」
驚いた。ルーナが突然俺の肩を抱き寄せてきたのだから。
「馬鹿馬鹿馬鹿! 何であんな無茶なことしたのよ! 私、引っ込んでろって言ったわよね? 何で言うことも聞かずにこんなことになってるのよ!」
「ごめん」
その通りだった。
「アンタはブラックモアに体を乗っ取られていたのよ? 相手は魔族なのよ? どういうことか分かってるの? 二度と戻ってこられない可能性だってあったのよ!」
「ごめんなさい」
ギュッと抱擁は強くなる。俺はただ謝ることしか出来ない。
「もしかして私への仕返しのつもり? アンタが死ねば、私がアンタの身の安全を保証するっていう約束は守られなかったことになるもの」
「…………」
そんなこと考えもしなかった。ルーナが俺とのただの口約束をそんなに守ろう真剣に思っていたなんて気づかなかったのだ。俺は彼女に申し訳なく思った。
「でも――」
一呼吸置いて続ける。
「良かった。よく返って来てくれたわ」
俺もその時少し泣いてしまったのは一生の秘密だ。
*
俺達は地面に座ったまま背中を向け合って座っていた。
何故こんな状態になったのか説明しよう。俺はルーナに抱きしめられながら感動の再会のような雰囲気でいたのだが、なんだか後から滅茶苦茶恥ずかしくなってきたのだ。結果、互いに目も合わせられずそっぽを向いて沈黙だ。何やってるんだ俺達は。
だが、このまま黙りこくって座っていても埒があかない。レーナードでは恐らく帝国と内通したストラマー辺境伯が捕らえられていることだろう。早く戻らなくてはならないはずだ。
「そういえばどうやって俺は目を覚ましたんだ」
沈黙を破るきっかけにと切り出した。
「…………」
ルーナは黙ったままだ。そんなに俺と抱き合うのが嫌だったのかよ……。リアルすぎる反応に少しダメージを喰らう。
「もしかして首輪で首を絞めたのか?」
あのブラックモアの苦しそうな反応と俺自身も感じた息苦しさから何となく想像はついていた。
「……もしかして怒ってる? 約束を破ったから」
ルーナが力なく言った。約束。きっと最初に出会った時に二度と首輪で首を絞めるようなことはしないという約束のことだろう。
「いや、別に……」
怒ってなどいるはずもなかった。
ルーナの機転がなければ俺はあのまま一生暗闇の中で閉じ込められたままだっただろう。
こんなことを言うのは気恥ずかしくて仕方が無い。今までの俺とルーナの関係性を鑑みれば尚更だ。でも素直に感謝も伝えられないほど俺の性格はねじ曲がってはいない。だから――
「むしろ、ありがとうな」
そう言ってみせた。
「な、何なの? 素直にお礼なんて……き、気持ち悪いわよ……」
悪態をついてみせるがその声は弱々しい。いつものキレがないのだ。
俺達の間に何だか妙な空気が漂っている。何やってるんだ俺。この雰囲気を払拭するために話題を吹っ掛けたのに逆効果じゃないか。
「と、ところでバトラーは?」
別の話題を尋ねてみる。
その場には俺とルーナの二人きりだ。あの時、ルーナはバトラーに追い詰められていたはず。そして無謀にもその間に入っていった俺はブラアックモアの指輪をはめて意識を失った。その後一体どうなったんだろうか。
「ああ。ブラックモアとバトラーで揉めてね……私を殺すのは一旦諦めて去って行ったわよ。でもまた現れるかも知れないわね」
「そうか」
「…………」
「…………」
会話が途切れて、また気まずい沈黙が漂い始める。
ああ。くそ。こんなしみったれた空気はやっぱり俺には合わない。
別に奴隷根性が染みついてしまった訳ではない。そこまで長い付き合いでもないしな。でも、ルーナが俺を罵倒して振り回して、俺がそれにぶつくさ文句を言いながら彼女について行っては危ない目に遭って。そんな関係がきっと俺は心地よかったんだ。
――だから、俺は立ち上がって言ってやるのだ。
「魔力切れで歩けないだろ? 運んでやろうか?」
「…………」
「いつもいつも偉そうにしてくれてるけど魔力がなけりゃなんにも出来ないもんな?」
いつもの仕返しとばかりに煽り顔で言ってやった。 ルーナは悔しそうに下を向いたかと思うとキッと俺を睨みつけて鬼の形相。
「アンタ、後で覚えてなさいよっ……」
恐怖の余りに背筋が凍ったのは言うまでもない。
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