第46話 エピローグ

 さて、アンデッドとその根源たる死霊術師ブラックモアを駆逐し、バトラーも退けた俺達のその後の話をしようか。


 ルーナとレーナードの街まで帰ると、辺境伯の屋敷に帰ると待ち受けていたのは縄で拘束されたストラマー辺境伯と帝国の騎士たち、それを取り囲む王国の騎士たち。

 

「ただいま戻りました。よく働いて下さいましたね」


 ルーナが呼びかける。


「殿下!」


 隊長を始めて護衛騎士達がひざまずく。


「じゃあ馬車を用立てて、しばらくしたら彼らを王都まで運びましょうか」

「はっ!」


 そんな会話を尻目に俺は部屋を抜け出した。気がかりだったのは姉御――アンジェリカさんのことだ。彼女は俺に良くしてくれた恩人だ。辺境伯という彼女にとっての拠り所が捕らわれてしまったのだ。無事でいてくれればいいのだが。


 焦りながら屋敷のあちこちを探して回る。使用人達はみな逃げ出してしまったようでどの部屋もがらんどうだ。

 散々探した挙げ句最後に向かったのは俺が姉御と最後に話したあの物置小屋だ。


 扉を開けるとそこには体育座りで顔を伏せた姉御がいた。


「何してるんですか……? あね……アンジェリカさん」

「山本……? お前どこ行ってたんだ? ここでじっとしてろと言っただろ?」


姉御は膝を抱えたまま言う。その大きな体も今は一回り小さく見えた。


「アンジェリカさんこそどうしたんですか? こんな所で」

「ヘンリー様が……捕まっちゃったんだ……」

「……他の妾の方達は?」

「皆逃げ出したよ……薄情なもんだよな……あれだけヘンリー様を取り合って自分の方が愛されているだなんだって毎日のように言い合っていたのにな」

「…………」


 悲しすぎる。こんなのどうしたらいいんだよ。


「お前は王女殿下の所に戻れよ。私のことは大丈夫だ。ただ今は一人でいたい気分なんだ。悪いな」

「でも……」


 言葉とは裏腹に彼女はとても大丈夫なように見えなかった。でも、俺にはどうしていいか分からない。


「扉は閉めていけよ?」

「…………」


 俺は物置小屋の扉を閉めてその場を去った。


 もやもやしたような気分を抱えながらそのまま俺は馬車に揺られてレーナードを去った。



――それから一週間後。


「…………」

「ありがとうソフィア」


 俺はルーナの居室でお茶汲みをしていた。ティーカップをテーブルに置くとルーナは俺に優しく微笑みかける。マジで誰だよ。猫かぶりすぎだろ。


 なぜ俺がお茶汲みなんかしているのか。


 出発する前に俺は国王陛下の面前でルーナ肝入りの新人メイドとして紹介されていた。しかも言葉を話せない呪いにかかっているなどという滅茶苦茶な設定つき。

 メイドのソフィアの存在が公になってしまった為に俺は女装を続けてメイドとしての業務をせざるを得なくなったのだ。最悪だ。俺の受難はまだまだ終わらないらしい。


「はあ……なあ、今は来客もないんだからせめて普通に喋らせてくれてもいいだろ?」

「はあ? 駄目に決まってるでしょ王城ではどこで誰が聞いてるかわかったものじゃないんだから」


 離れた所にいた先輩メイドのシアンさんが入ってくる。


「そうですよ。ルーナ様の言う通りです。分かったら黙ってて下さい」

「…………」

「うえっ……何、このお茶、全然美味しくないわ。やり直し」


 はあ? もう駄目だ。プッチン来ちゃったわ。俺が丹精込めて煎れたお茶が不味いだと?


「くそっ、見とけよ! 次はお前がぶっ飛ぶような美味いお茶を煎れてやるわ!」


 俺は部屋を飛び出して給湯室へと向かった。


 鍋を火にかける。お茶を酷評してくれたアイツを見返してやろうと俺は息巻いていた。


『おい』


 少しすると呼びかけられた。うるせえな。今俺はお替りを入れるので忙しいんだよ。

 鍋のお湯が湧いた。熱湯を注ぐのではなく少し冷ましたお湯を使うのがミソだ。


『小僧、無視するな』


 丁寧に何回かに分けて茶葉を蒸すことを意識しながらポットにお湯を注ぐ。


『ちょっと儂の話し相手になれ』


 何度も何度も頭の中で語りかけくる。それも聞き覚えのある幼女の声だ。


「うるさいぞブラックモア。少し黙ってろよ」


 そう。俺の体を乗っ取ろうと画策するもルーナの機転により阻止された死霊術師ブラックモア。だが、滅んだ訳でもなくこうして俺に話しかけてくるのだ。

 しぶとい魔族である。きっとこうやって根の張る雑草のごとく長い年月を生きてきたのだろう。


『あの小娘……一度ならず二度までも……』


 どうやらブラックモアはルーナに対して憎々しい思いを抱いているようだ。


「でもさ。お前、もう俺の体は奪えないんだろ?」

『ばっ、馬鹿にするな! 小童が! お前の体ごときいつでも……』

「いや、自分で言ってだろ」

『ちがうもん……キッカケさえあればすぐ奪えるもん……』


 ブラックモアは拗ねた幼子のような声で言う。


「お前……ロリババア属性何処行ったんだよ……それじゃあ、ただの幼女じゃねえか」


 俺達は毎日毎日、こうして一切生産性のないやり取りを繰り返しているのだった。


「まあ、平和が一番だよな」


 俺はボソリと呟くと、出来上がったお茶を持ってルーナの待つ部屋に向かうのだった。





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