第5話 王女の思惑


「シアン」


ルーナは山本を閉じ込めている地下牢から王宮の自室に戻ると、メイドを呼び父である国王に伝言を頼んだ。


「慰問の件ですが予定より前倒ししたいと思います。お父様に取り次いでくれますか?」

「承知しました」


 メイドは無表情に答えると、部屋を出て行った。扉がバタンと閉まる。その名をシアンといい、年はルーナの一回り上で幼少の頃より信頼して側に置いているメイドだ。


「…………」


 この国の立場は極めて弱い。常に国境を接する大国に領土を狙われている上に、貴族も一枚岩ではない。中には王族の寝首を掻こうとする輩までいる始末だ。


 だというのに国王である父はあまりにも危機意識が低い。お人好しで自分の周りにいる

 ルーナは表には出さないものの、そんな父を軽蔑していた。国王の器ではないと。


――自分が父に代わってこの国を守るしかない。


 物心つく頃に覚悟を固めていた。


 そしてそのために力を求めた。


 奇しくもルーナには数世紀に一度と呼ばれるような目を見張る魔法の才能があった。普通の人が習得するのに何年とかかる魔法を数日で使えるようになった。まるで生まれた時から魔法の使い方を知っていたかのように。


 そもそもこの世界で魔法を使えるのは限られた人間だけだ。生まれながらの天賦の才。


 そして魔法は強大だ。攻撃魔法が使えれば一人で大勢の兵士を相手できる。小国を侵略しようとした大国の軍勢が優秀な魔法使いの力によって撤退に追い込まれた事例も有史以来珍しくない。


 ――自分の魔法でこの国を護るしかない。


 その一心でルーナは父親が心配して鍛錬をやめさせようとするほどに、魔法の鍛錬や研究に打ち込むようになった。


 そうしてルーナは成長して今では王国で誰も叶うことがないと噂されるほどの魔法使いになった。


 父に黙って王国の裏切り者を殺したことも一度や二度ではない。


――そんな時に王国を瘴気が襲った。


 農耕地帯を中心に被害はどんどん拡大していった。国力が低下し財政が立ち行かなくなった。結果として周辺国に借金をしなければならない状況に追い込まれ、借金の返済が滞ったことを理由に理不尽な要求すら受けるようになったのだ。王宮内での貴族の動きは今まで以上に不穏になり、内通や暗殺の噂が耳に入るようになった。


 ルーナは瘴気の解決の為に動いたが、解決法はおろか原因すら分からなかった。


 悔しくて情けなくて堪らなかった。自分の力でこの国を守ると決めたはずなのに何もすることができない。


 そんなある日、ルーナは王国の書庫を漁っていた。発生した瘴気について調べるためだ。故人の知恵を借りれば少しは前進するかも知れない。

 そして偶然、奥まった場所に一冊の古い書物を見つけた。王国に伝わる大魔法使いベルベットの遺した手記だった。気になってペラペラとめくって読んでみると、そこにはにわかには信じがたい内容が記されていた。


――救国の召喚魔法だ。


 かつて王国が危機に陥った時にベルベットが行使したとされる召喚魔法。魔方陣の構造など事細かに記されていたのだ。

 そして、現状を打開する何かが欲しかったルーナはこれに飛びついた。古代の書物だったために解読には数ヶ月を要した。そして山本を召喚魔法で召喚したのがつい数日前のこと。


 ――召喚してみて驚いた。


 魔法陣の上に出てきたのは自分と変わらないくらいの年の少年。召喚時にショックでも受けたのか気絶している。もやし体型でいかにも弱そうだ。それでいて魔力も感じない。魔力量こそが強さそのものといえるこの世界では全くの無力な存在にしか思えなかった。


 何か凄い力を持った存在が現れると期待していた手前、はっきり言って期待外れだ。

 期待した結果がコレかと苛立ちも募る。


 この男、どうしてくれようか。


 この男の存在は自分以外は誰も知らない。自分の采配でこの男をいかようにも出来る。別に殺してしまっても誰にも咎められることはないだろう。


 そう考えた瞬間に、王女として国を守らなければいけない責任を抱えていた彼女の内に秘められた嗜虐心がうずいた。


 ――ああ、そうだ。少しだけこの男と遊んでやろう。少しだけだ。折角苦労して召喚したのだから。


 そう思ったルーナは少しだけ嘘をつくことにした。


『あなたにはこの国を救う力がある』


 ルーナが山本に発した言葉を思い返す。


「ふふっ、はははっ」


 本当におかしくてたまらない。山本と話しているその瞬間も吹き出すのを我慢するのが大変だった。


 最初はちょっとした演技のつもりだったのだ。


 まさか間に受けるとは思わなかった。だって、魔力も何もないあんな貧相な男が救世主だなんてちゃんちゃらおかしい。きっと王国の近衛騎士の一人にも勝てないだろう。


 そしてあの山本の反応。完全にルーナの演技に騙されて完全に鼻の下を伸ばしていた。滑稽にも程がある。


 ――そして、その後好奇心の赴くままに首輪を山本に着けてみた。あの首輪は元々罪人や裏切り者の拷問具として自分で制作した魔導具だった。別に拷問の必要はなかった。ただあの男がどんな反応を見せるかが気になったのだ。


 ああ。思い返すと恍惚としてしまう。首輪をはめられた時のあの戸惑いと絶望に満ちた瞳が堪らなかった。天国から地獄に突き落とされたかのようなあの表情。


 最後には命令されるがまま悔しさを瞳に浮かべながら自分の足に舌を這わした。


 どれだけ男としてのプライドを砕かれたことだろう。どれだけ屈辱だっただろう。


 心底愉快でたまらない。


「ふふっ……くくくっ」


 思わず笑みがこぼれてしまう。


 自分の手のひらの上で思い通りに山本がコロコロと踊らされていることにルーナは酷く興奮を覚えていた。


 ああ。今度はどうやって貶めてやろうか。山本の表情が歪むのを想像するだけで心が踊る。


 そんなことを考えていると先程伝言を頼んだメイドが戻ってきた。


「ルーナ様、陛下にお伝えしました。先方には伝えておくとのことです」

「分かりました。ありがとう。シアン」


 前々から計画していたストラマー伯爵領レーナードへの慰問。瘴気の被害の酷い地方へ王女自ら赴くのだが、山本の話を聞いたルーナはこの日程を前倒しした。


 山本は瘴気を解決できると啖呵を切っていたが、ルーナはほとんど信じていなかった。自分ですら出来なかったことをこんなもやし男が成し遂げられるはずがないと。

 それでも山本の話を聞いて行動を起こしたのは精々あの男を翻弄して遊んでやろうという嗜虐心からだった。


――まあ今回は更に別の目的もあるのだが。


 それはさておき、メイドのシアンにも協力して貰わなければなるまい。


「シアン、少し話があるのだけど――メイド服を用意してくれるかしら」


 ルーナはシアンに事情を打ち明けた。

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