第4話 提案
「ふざけてんの?」
「ぐっ……」
首が軽く締まる。
「ふ、ふざけてないし、嘘でもないですよ」
足で頭を踏みつけられている状態のままルーナの方を見ようと上目遣いではっきりと答えた。
「……!」
だが、そこで不意に目に飛び込んできたのはルーナの顔……ではなくパンツ。
頭上に広がるのは俺が今までの人生で一度として見る事の叶わなかった絶対領域だ。
マジかよ。生きてて良かった。
眼球を上に向けて凝視しようとしたその瞬間――
「気持ち悪っ……」
「ぐげっ」
ルーナがいきなり顔を思いっきり踏みつけてきた。お陰で鼻を床に打ち付ける。
「痛っ……!」
何するんだコイツ……!
怒りを込めた目で睨み付ける。
「アンタ、今、私のスカートの中、ガン見してたでしょ。この状況でそんなこと考えるなんてどういう神経してるわけ? 鼻息は荒いし」
「…………」
しっかりバレていたようだ。鼻血が出なかったのは不幸中の幸い。
「しかも、その顔、まさかバレてないと思ったの? 本当に浅ましい」
自分の命運に関わる重要な局面だというのにパンツに気をとられてしまった。
でも、後悔はない。むしろ目の前の見れるパンツを見なかった方が一生後悔するだろう。
「……まあ、いいわ。それより国を救うってどういうこと? 妄言も大概にすれば?」
ルーナは訝しげに問う。
食いついた。狙い通り事が進んだと俺は内心ほくそ笑む。
ゲームをプレイしている俺はルーナの置かれた状況を理解している。
この地域の国々の力関係をみると、バズコックス王国という国はかなり弱い立場にある。
原作では王国は瘴気が原因で経済が困窮。その結果、王国は国境を接する大国であるダムド帝国に泣きつくことになる。
長年領地を狙っていたダムド帝国は経済援助と引き換えに王国を半属国化。そしてルーナはダムド帝国の王立学園に通うことになる。表面上は留学だが実質的な人質だ。そこでルーナは主人公と出会って瘴気を完全に解消するに至るわけだが……。
何が言いたいかというと原作通りならば王国の瘴気の問題は極めて深刻なはずということだ。
実際、瘴気の解消のために成功する確証もない召喚魔法に飛びついているわけだしな。
――俺はそこにつけ込んだ。
別にこの暴力女や王国を助けるなんて立派な考えからじゃない。
保身の為だ。
「言葉通りの意味ですよ。王国では瘴気のせいで甚大な被害が出ていて大変なんですよね? 俺ならそれを解決できるかもしれないって言ってるんです」
「……でたらめ言ってるとろくなことにならないわよ?」
「嘘じゃありませんよ。それに、眉唾ものの情報であっても飛びつくしかないくらいに王国の状況はひっ迫している。そうですよね?」
「っ……アンタは一体……」
この女の言う通りなら俺の立場は圧倒的に弱いようだ。
チート無双どころか彼女に勝つことすら出来ないだろう。
だからこそ俺は自分の持っている原作知識という唯一のカードを最大限利用するしかない。
足下を見られないように堂々とした振る舞いを意識しつつ、畳み掛ける。
「ふんっ、分かったわ。言ってみなさい」
「ありがとうございます。ルーナ様」
話を聞く気になったようだ。山本は感謝の言葉と共に頭を下げた。
「――でも、何か勘違いされてませんか?」
「勘違い?」
だが、素直に情報を教えるわけにはいかない。
「別に瘴気の解消方法をお伝えするのは構いません。ですが、対等な関係性が築かれなければその限りではありません」
「何? はっきり言いなさいよ」
「首輪を外してくれませんか?」
真っ直ぐルーナの目を見つつ言ってみせた。
瘴気に関する情報と引き換えに自分の身の安全を約束させることも出来ると考えた次第だ。
首輪さえなくなってくれれば隙を見て脱出するチャンスもあるかもしれない。
「……何? まさか自分が優位になったような気でいるわけ? 滑稽ね。自分の状況を少しは考えてから物を言いなさい。アンタを拷問して吐かせればそんなの関係ないのよ?」
「試してみますか? 何をされようと僕は吐きませんよ?」
「っ……このっ!」
わなわなと唇を震わせるルーナ。俺の小生意気な態度に青筋を立てているようだ。
彼女からしてみれば何も出来ない弱者だと見下していたもやし男が自分やこの国の内情を見透かした上に、それを材料にイキリ散らかしてしている状況。苛立つのも無理はない。
一方で俺だ。拷問に屈しないというのは完全なハッタリ。平和な世の中でのうのうと生きてきた俺にそんな精神力があるわけない。
恐らく拷問などされたらゲロゲロと全部の情報を吐いてしまうだろう。ちょっと大口を叩きすぎたかと内心ヒヤヒヤだった。 お願いだから騙されてくれ……。
「はあ……分かったわよ……」
やった。思惑通りに事が進んだみたいだ。
「確かにアンタの言う通りよ。瘴気に犯されて大勢の国民が床に伏せている。特に農業へのダメージが深刻で経済的にもかなりまずいの。帝国の動きも不穏になって来ている。召喚なんて不確実な方法に頼りたくなる位には国の状況がまずいのよ」
ルーナが続ける。
「――でも首輪は外さないわ」
「えっ……」
嘘だろ。何でだよ。今絶対外してくれる流れだっただろ。
そんな事を考えているとルーナが俺を嘲笑しながら言ってくる。
「アンタ、自分の立場をよく考えて見なさい? 今のアンタの言うことを私が信用すると思う? 嘘をついてる可能性だってあるし約束を反故にする可能性だってあるでしょ」
グウの音も出ない。確かに彼女の立場に立てば俺の言葉を信じるに足る材料は圧倒的に少ない。万事休すか……。
「でも少しでも手がかりが欲しいのは確かよ。だからアンタの身の安全は保証してあげる。首も締めない。これでいい?」
「……は、はい。構いません。とにかく首を絞めるのだけはやめて下さい! お願いします! アレ本当に苦しいんですよ……!」
首を締めない。この譲歩を引き出しただけでも大きな成果だ。さっき首を締められた時、頭が真っ白になって危うくあの世に逝くところだった。もうあんな目はコリゴリだ。
「でも――嘘をついたり約束を破った時は容赦しないから。アンタなんて虫けらみたいなもんよ。いつでも殺せるってことを肝に命じておきなさい」
「…………」
しまった……墓穴を掘ってしまったかも知れない。そもそも全てが原作通りである保証などどこにもないのだ。
「それで? 瘴気の原因は何なの? 正直アンタのことは信じてないけど自信満々に言うくらいだから分かるんでしょ?」
まあ、でも言ってしまったものは仕方が無い。腹を括ろう。
俺は説明を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます