第6話 監禁生活とメイド服


 コツコツと牢屋に近づく足音に俺は目を覚ました。


 食事か?


 この牢屋は窓も無いため、今が昼か夜か把握するのも難しい。


――あれから一週間ほどが経過した。


 俺はこの監禁生活に早くも限界を感じていた。


 まず食事。


 ルーナが直々に食事を持ってくれのだが、その内容が干からびたパンが一切れとスープ一杯、これが朝晩二食。以上。あまりにも少なすぎる。俺は一日に何回も腹の虫を鳴らす羽目になった。


 次に睡眠。


 最初は、牢屋の端に置いてあった干し草の塊をベッド代わりに寝た。

 だが清潔な環境に慣れた俺の脆弱な肌にはこれは致命的だったようだ。かゆくてかゆくて寝れたものではなかった。仕方なくこの一週間は壁に寄りかかる形で座って寝ていた。体は全く休まらない上に床が硬いせいで尻の骨が痛くてたまらない。


 そして最も耐え難かったのが排泄。


 水洗トイレなどは当然無く、肥溜めが隅に設けられている。だが、これが臭いのなんの。

 ここに来た当初は無臭だったのだが、だんだんと用を足していくにつれ匂いが加速度的にキツくなってきた。その結果、えづきながら食事をとるハメになっている。こっちは水が流れない分、学生の便所飯とはレベルが違うのだ。


 現代日本を生きる高校生に耐えられるような環境ではない。窓すらなく、カビっぽい空気で澱んでいる鬱屈とした地下牢の中に一週間放置。


 多分、留置所の方がマシだ。


 生活環境を改善してくれ、とそれとなくルーナに何度か頼んだが、全く聞き入れて貰えなかった。曰く、アンタは奴隷で私は一国の王女なんだから立場をわきまえなさい。


 泣きたかった。ここから出たい。というか家に帰りたい。まともなご飯が食べたい。白米、味噌汁万歳。暖かい布団で寝たい。水洗式トイレでうんこしたい。ウォシュレット使いたい。


 そんな愚痴を脳内で垂れ流していると鉄格子の向こう、暗がりの中から少女が現れた。近くまで来ると彼女の顔が露わになる。


 ――やはりと言うべきかそれはルーナだった。


「……食事じゃないのか?」


 彼女の手には干からびたパンの代わり鍵が握られていた。


 ルーナは無言で牢屋の錠をあける。この世界に来て初めて外に出れるようだ。


 やっと外に出れるようだった。滅茶苦茶嬉しい。干からびた精神に水が与えられていくようだ。


「ついて来なさい、ツェッペリン平原に向かうわよ」


 ツェッペリン平原は瘴気の被害の中心地だ。なるほど。どうやら俺の言うことを少しは信じて動く気になったらしい。いや、でも待てよ。


「俺が同行する必要あるのか?」

「当たり前でしょ? アンタが言ったことなのよ。なのに自分は安全な所でお留守番なんてあると思った?」

「でも、俺は役に立たないだろ」

「役に立つ立たないの問題じゃないわ。これは義理の問題。それでもゴネるならあの約束はなしってことでもいいけどね」


 あの約束――瘴気の問題を解決するのに協力する代わりに身の安全は保証してくれるという俺が目覚めたその日にルーナと交わした約束のことだ。


「くっ……分かった。分かったから、行けばいいんだろ」

「それでいいのよ。最初から、頷いときなさいよ」


 ルーナはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて言う。本当にムカつく女だ。

 俺が苛立ちを募らせていると――


「それならまず、これを着なさい」


 そう言って何かを俺に投げてよこした。床に落ちたそれを拾う。


 そのブツを見て俺は自分の目と耳を疑った。


 コイツ……今、これを着ろって言ったか?


 どこからどう見ても俺が手に取ったそれは――メイド服だった。


「なんじゃ、これ!?」


 上か見ても下から見てもどこからどう見てもメイド服。白黒のゴシック調でフリルなんかついた可愛らしい一着だ。俺の元いた世界ではメイド喫茶かコスプレ衣装ぐらいでしかお目にかかることのない代物である。


「何って、王城のメイド用の衣装だけど」

「コレを、着ろと? 俺に?」

「だから、そう言ってるでしょ」


 マジかよ……。


「なんで、俺がこんなのを着ないといけないんだよ!」


 思わず反発の声を上げる。


「こんなのって失礼ね。変装よ、変装。アンタの正体は隠さないと最悪大騒ぎになると思うし」

「これってどう考えても男が着るものじゃないだろ!」

「まあ、そうね」

「まあ、そうね、じゃねぇよ! なにがどうしてこうなったんだよ!?」

「ツェッペリン平原に向かうって言ったでしょ。それにあんたを私専属のメイドってことにして同行させるからに決まってるじゃない?」

「いや、だからって……」


 ルーナはつらつらと経緯を語り出した。王女であるルーナはその立場の大きさゆえに身動きが取りにくい。王城から出るにはそれ相応の理由が必要だという。そこでルーナは平原の近くにある街への慰問という名目で向かうことにしたようだ。


 その時に付き添いのメイドに変装させて俺を同行させるつもりらしい。いや……絶対他にも方法はあっただろ……。


「まあ、すぐ近くだったら夜に城を抜け出して飛行魔法で飛んで行くのもありだったけどね。ツェッペリン平原はここから馬車で三日も掛かるの。姿を見せなかったら大騒ぎになるからね」

「…………」

「それにいくら私が強いとはいえ立場上それなりの護衛を付けて向かう事になるわ。だから変装してもらうしかないの。分かった」

「他に手段もないのだから、我慢しなさい」


そう言われるとグウの音も出ない。とやかく文句を言える立場ではないことは分かっている。


「わかったよ……」

「それでいいのよ」


フンッと胸を張ってみせるルーナ。うざかわいい。突然、年相応の無邪気な部分を見せられて不覚にもドギマギしてしまう。果たしてこれが天然なのか、無自覚なのか、俺には知る由もない。


「あとさ……」

「ん、何よ?」


山本はこのタイミングでさっきからずっと疑問だったことを口にした。


「――そのさっきからお前の後ろに立ってる人は誰だ?」


 俺が目線で示した先にはルーナの後ろにはランプを持ったメイド服の女性が立っていた。大人びた印象でルーナより頭一つ背が高い。多分年上だ。黒髪ショートでメイド服のスカートから覗く白く健康的な太ももと膝上まである黒タイツが極めてエッチ。


 そして何よりその胸だ。デカすぎる。まるで二つのメロンだ。


 なんでこの人、原作に出てこなかっだろうか。勿体ない。横にいる貧乳王女の百倍ヌけるね。


 どうせ異世界転生するならこんなんじゃなくて貴族の子供とかに転生してシアンさんみたいなエッチなメイドに甘やかされたかったと強く思う。

 坊ちゃまはしょうが無いですね、お口を開けて下さい、はい、あーん、からの濃厚ベロチューみたいな。


 俺が脳内で気持ち悪い妄想を繰り広げていると――


「ああ、紹介するわね、彼女は私の専属メイドのシアンよ」

「……どうも」

「どっ、どうもっ」


 シアンさんは俺に無表情のまま短く挨拶をしてみせる。クール系か……。なるほど、そそるな。


「……あんた、シアンにも発情してるのね。ほんとどうしようもないわね」

「っ……」


 ルーナがゴミでも見るような目で山本を見て言う。


 この糞女、突然何言ってくれてるんだ! シアンさんからの印象が悪くなるだろ! あと、俺が発情するのはシアンさんだけだ! 勘違いするんじゃねえぞ!


 思わずルーナを睨む。だが性悪王女はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるばかりだ。


 その一方でシアンさんは全くの無表情。よく分からない人だなと思う。


「まあいいわ。シアンには周りにいろいろバレないようにサポートして貰うから。とりあえず、あんたはメイドに化けている間はシアンの指示に従って頂戴」

「承知致しました」


俺の意思など無視してどんどん事が進められていく。


「それにしても……」

「な、なんだよ」


性悪女が俺の全身を虫でも見るような目でジロジロ見ているのに気づいた。


「――あんた、うんこ臭いわね」

「だから前からこれを何とかしてくれって言ってるだろっ!?」

 

 俺は牢屋の隅に放置された糞尿を指して吠えた。


 ああ。確かに俺はうんこ臭いだろうさ。そりゃあ、自分の糞の横で一週間過ごしていたらそうなるのも当然だ。まあ、俺自身はもはや鼻が慣れつつあるのが悲しいが。


 全部コイツのせいなのにと、俺は憤慨する。


 そう。俺が再三にわたって訴えても無視したのは他ならないこの女なのだ。曰く、奴隷なんだから文句言うな。それで今になって臭いなどと宣うのだから腹立たしいったらありゃしない。


「シアンもそう思うでしょ」

「はい、ルーナ様のおっしゃる通りです」

「復唱しなさい。山本はうんこ臭い」

「山本様はうんこ臭いでございます」

 

 何やらせてるんだよ。復唱しなくていいよ……。


「とにかく、当面はアンタは私のメイドってことにするから。そのメイドがうんこ臭いなんて私の悪評になるわ。私もこんなのと同じ空間にいるのは耐えられないし、ね」


 この世界に風呂はあるのかと少し疑問に思う。RPGの剣や魔法の世界観は中世ヨーロッパを元にしている事が多いが、中世ヨーロッパに日本の風呂のような文化はなかったはずだ。


「よし、ついてきなさい」

「…………」


 俺は悪臭を漂わせながらルーナの後ろをついて行った。

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