第28話 アンジェリカ

 物置小屋の中にパワー系と取り残されてしまった。


「…………」


 パワー系はさっきから無言だ。これから何をされるのか俺は怖くて仕方がない。


 それに自分が男だということもバレてしまった。辺境伯や一緒に来た護衛の人に伝わったらどうなってしまうのだろう。こんなことになった元凶である性悪王女様がかばってくれるなんて期待しても無駄だ。きっと俺が全員を騙したことになって最悪殺されてしまうだろう。

 辺境伯が自分のことを下心で見ていたのもショックだった。初対面の時に優しくしてくれたのは全部下心だったのか? 自分はいつでも


「なあ、お前。何か事情があってこんなことしてるんじゃないか?」


  床にへたり込んだまま考え込んでいた俺に優しい声音でそう語りかけてきたのは眼前に仁王立ちしていたパワー系。


「話してみろよ」


 彼女を見上げる。その強靱な腕でボコボコに殴られるとは覚悟していたが、まさかそんな気遣いの言葉をかけられるとは思いもしなかった。


「大丈夫だ。馬鹿にしないし、他言もしない」


 どうしようか。別に話したところで何が解決する訳でもない。もしかしたら辺境伯に告げ口されて、それがルーナに伝わる可能性もある。

 いや……待てよ。話してみてもいいんじゃないだろうか。それだけの包容力を彼女は備えていた。相変わらずチョロい男である。


「……あの」


言葉を発するのが久しぶりなせいか声が掠れる。


「お、お前喋れたのか? それにやっぱり男の声だ……」

「……騙しててすみませんでした」

「お前、名前は?」

「や、山本です」

「山本、か。変わった名前だな。私はアンジェリカ。ヘンリー様、いやストラマー辺境伯の妾の一人だ」

「……信じてもらえないと思います。それでも聞いてほしいです」


 俺は真っ直ぐパワー系を見つめた。


「ああ、話せ」


 俺は今までにあったことを全部話した。異世界に召喚されたこと。地下牢に監禁されていたこと。シアンさんに目の敵にされて殺されかけたこと。ルーナに訳も分からない設定を押しつけられて女装する羽目になった挙げ句、訳も分からないままストラマー辺境伯の元に連れてこられたこと。

 どこからどこまで話せばいいか分からなくなって、最初から最後まで全て話してしまった。こんな荒唐無稽な話を信じてもらえる訳がないと後悔。


「……悪いがお前の言うことはとても信じられない。王女様は聖女なんて呼ばれてる。瘴気が蔓延してからというもの、何度も自らの足で慰問に訪れてらっしゃるんだ。そんな方がそんな真似をするとはとても思えない」

「ははっ……ですよね……」


 他人からすれば突拍子もない話だ。やっぱり信じてもらえないよなと、自嘲するように笑った。だが、アンジェリカはよいしょと腰を折って俺の目を覗き込むと――


「――でもお前が嘘をついてるとも思わないぜ?」


 真っ直ぐ語りかけてきた。


「えっ……」

「それくらい目を見れば分かる」

「…………」


 本当に彼女は信じてくれているのだろうか。彼女を信じていいのだろうか。


「大丈夫だ」


 泣く赤子をあやすような優しい声音だった。


「ううっ……姉御っ……」


 気がつけば号泣していた。この世界に来てから初めて人とわかり合えたそんな気がした。何だか暖かい気持ち。思えばルーナも辺境伯も誰も彼もが立場の弱い俺を好き勝手に利用しようとしてきた。

 アンジェリカさんに感じたのは圧倒的な包容力。一生この人について行きたいみたいな。無意識のうちに彼女のことを『姉御』と呼んでしまった。

 


「ほら、大丈夫、大丈夫だからな」


 姉御は少し困った顔をしながらも、ぐずぐず泣く俺の背中を暫くの間さすってくらた。



「姉御はなんで辺境伯の側室に?」


 俺を取り囲んできた女性達はあんなに多くの妾がいるなんて辺境伯はとんでもない女好きなのだろう、とは推測できた。姉御のような人格者がその中の一人に収まっているのに違和感があった。


「……あの人が私に優しくしてくれたから。ただそれだけだよ。たぶんお前がそうされたようにな」


 自嘲しながらそう語る。


「私はさ、こんな見た目だから。ずっと女として見られなかった。両親にも『お前に結婚は無理だ』なんて言われてもう女としての幸せは諦めてた」

「でも、たまたま出席したパーティーの席であの方は私のことを美しいっていってくれたんだ」


 彼女は俺から目線を外して目を細めて微笑んだ。


「最初は全然信じられなかったさ。でもずっとずっと何度でも私のことを褒めてくれた。女として見てくれた。そんなこと言われたらもう、しょうがねえだろ?」

 

 きっと愛する彼との出会いから今までに至るまでが彼女の脳裏では思い出されているのだろう。


「でも、辺境伯はっ」


 あなたただ一人を愛するような男じゃない。そう言おうとした。だが、アンジェリカはその言葉を遮って言う。


「お前の言いたいことは分かるし、それは私も分かってるんだ。実際に後からどんどん妾が増えてきて私が夜の相手をすることもなくなってきた。飽きられたんだと思う」

「…………」

「でもさ、それでも私はあの方を愛しているんだ。それだけは変わらないんだ。だから、あの方のために出来ることなら何でもする、そうやって生きていくって決めてるんだ」

「そう、ですか……」


 俺は何も言う事ができなかった。彼女自身がそれでいいと言っていることに口を出すのが正しいとは思えなかったのだ。


「だから、私は自分の生きる意味をもう見つけたんだ。偉そうなことを言うようだけどさ、お前はお前で自分の足で立って生きてみろよ」


 ガラガラと扉が勢いよく開く。別の女が慌てた様子で入ってきて言う。俺を拘束したそばかす女だった。


「ちょっと、アンジェリカ! 屋敷が騒ぎになってる!」

「どういうことだ?」

「説明は後! とにかくまずいのよ!」


 姉御との話に集中していて気付かなかったが、確かに言われてみれば何やら外から人が騒いでいるような音が聞こえる。


「お前はここでおとなしくしていろよ! 絶対出るんじゃねえぞ」


 そう言い残して姉御は用具庫を出て行った。

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