第27話 リンチ


「私達のヘンリー様に何、色目を使っているんだよ?」

「…………」


 詰められた女装メイドは目を丸くして怯えるばかり。自分の置かれた状況を何も理解していない、その様子がメイドを取り囲んでいる彼女たちを一層苛立たせた。


「は? 何その顔?」

「あんた、何とぼけてるの?」

「天然ぶってるのかしら? 本当にムカつく」


 女装メイドを罵る声がパワー系の横や後ろからちらほらと挙がる。


 パワー系も含めて彼女たちは全員、辺境伯の妾たちだ。

 彼女たちは容姿に劣っていた。ゆえに、異性には見向きもされず、同性には見下される人生を送っていた。婚期も逃し、劣等感まみれの半生だったと言っていい。

 だが、辺境伯に見初められて全てが変わった。貴族の屋敷に妾として迎えられてイケメン貴族が自分の為に甘い言葉を吐いてくれる。今まで見下してきた奴らの鼻を明かしてやったような気持ちだった。

 だが、ここ数日で幸福の絶頂にいた彼女たちの人生に陰りが見えてきた。女装メイドがここに来てからというもの主人に全く相手にされなくなったのだ。夜のお誘いもない。そんな折、とある噂を耳にした。なんでも王女殿下が慰問に連れて来た新入りのメイドにヘンリー様はお熱らしい、と。そうなると気に食わない彼女たちだ。直接、旦那様に尋ねてもはぐらかされる。結果、業を煮やして実力行使に出た次第。


「っていうかアンタめちゃくちゃブスじゃない?」

「ほんとね」

「どんだけ化粧濃いのよ?」

「ブスを隠そうとしてるのがバレバレで滑稽よね」


 そこでそれまで黙っていた一人の女が、ブスという言葉に反応した。さっきまで話していた女達に向かってフッと鼻で笑ってこう吐き捨てる。


「笑わせるわね。この女ほどじゃないけどアンタ達も十分ブスでしょ」

「は? どの口がいってんの!?」

「そうよ! 自分がブスだからって僻んでるんじゃないわよ!」

「死ね、ブス!」


 その発言を火種として、そっちのけで言い合いが始める彼女達。


 彼女たちは辺境伯に褒めそやされるうちに、自分の容姿が劣っていることを忘れていた。曰く、どいつもこいつも見る目がない、ヘンリー様だけが自分の本来の魅力をわかってくれる。

 主人の見ていないところでの妾同士の衝突が普段から絶えない。このように互いにブスだ何だ、と罵り合う始末。


「お前ら、黙れ!」


わちゃわちゃと騒がしくし出したところにパワー系の一喝が響く。一同は口をつぐんだ。静寂。


「……そんなことより、今はコイツをどうするか、だろ? いつもみたいに騒ぎたいなら他でやれ」


 そんな妾たちの中で頭角を現したのがこのパワー系だった。名をアンジェリカという。百八十センチはあるだろうという大柄の体、丸太のように太い手足、彫りの深い顔を見れば誰も喧嘩を吹っ掛けようとは思わない。

 彼女だけが妾の中で唯一平民の出ではなく、もとは下級貴族の家柄だった。腐っても貴族。それも相まってこの女が妾たちの中で一目置かれる存在になるにはそう時間はかからなかった。実質的なリーダー格である。


「はあ……」


 戸惑いと怯えを瞳に浮かべている女装メイドにアンジェリカが溜息をつく。


「分かってないようだから。はっきり言うぞ? ヘンリー様はお前を妾として抱え込むおつもりだ」

「……?」

「ヘンリー様はお前を女として気に入ってらっしゃるんだ! 私達よりもな。何としてもお前をモノにしたいからわざわざ屋敷まで呼んだんだ」


 驚いたようなショックを受けたような表情をする女装メイド。ようやく自分が好待遇を受けていた理由を理解したようだ。


「悪いことは言わない。その様子を見るにこうなるのは本意じゃなかったんじゃないか? だから、この屋敷から出て行ってくれないか?」

「…………」

「私たちも不安なんだよ。今までの生活が崩れそうになって」


 他の妾と違ってアンジェリカはこう見えて理性的な人間である。本当なら目の上のたんこぶだからとリンチまがいの行為でメイドを追い出そうとするのは反対だった。身勝手な行動はヘンリー様にも迷惑をかけると。

 だが、いよいよ妾の間で王宮からやって来たメイドへの不満が爆発寸前まで溜まるとガス抜きをせざるを得なくなった。アンジェリカは愛する男のために気性の荒い妾達をまとめ上げるのが自分の使命だと気を張っていのだ。自分の感情を優先して好き勝手動く他の妾とは人間性が一段上のパワー系だ。家柄や体格だけでなく彼女には人の上に立つだけの器を兼ね備えていた。


「とりあえず暴れられたら困るからな」


 アンジェリカは横のそばかす女に目配せをする。彼女は黙ってロープや白い布を肩にかけたバッグから取り出す。

 その様子を見て自分を監禁しようとしていると悟り、慌てて逃げ出そうとジタバタする女装メイド。だがその直後、ガシャンとでかい音が倉庫に響く。気がつけば足を滑らせて庭の手入れの道具が立てかけてあるところに突っ込んでいた。全身に痛みが走り起き上がれない。


「あんまり暴れないでくれ。うるさくするとバレる」


 そう言いながらアンジェリカは倒れた女装メイドを羽交い締めにする。こうなってしまうと抵抗できない。

 そのうちにさっきのそばかす女が手と足をきつく縛っていく。痛い。


「口は……喋れないなら必要ないか」


 白い布は本来口を覆って話せないようにするものだったようだ。


「あんた、ずいぶん立派なメイド服着てるのね。まあ、王女殿下付きなら当たり前か」

「でも、この糞ブスにはもったいないわよ」


 ハサミで乱暴にメイド服を引き裂いた。


「まって、何これパットじゃない。胸盛ってるんじゃないわよ。小賢しい」


 ブラジャーすら剥ぎ取られた。完全にパンイチだ。


「ん?」


 そうしていると妾達の内の一人が声を挙げた。


「どうした?」

「なんかコイツもっこりしてない?」


 その視線の先では女物のパンティーがもっこりと膨らんでいた。女装メイドの絶対に見られてはならない部分だ。


「えっ、どういうこと?」

「男だったの?」

「言われてみれば女装にも見えるかも……」

「ヘンリー様ってどっちもイケる人だったの?」


 途端に山本から距離を置いて、ひそひそと騒がしくしだす妾たち。


「ま、待て! まだそうだと決まったわけじゃない」


 リーダー格であるアンジェリカが声を荒げた。


「――私が確認する」


 意を決したようにゴクリと息を飲みつつ目の前の白パンティーに手を伸ばす。

膨らみを上から触る。フニョという柔らかい感触。生暖かい。アンジェリカのクワッと目が見開かれる。

 彼女はそのままパンティーをペラリとめくって目視で確認。


「「「…………」」」


 ゴクリ。一同息を飲む。


「……コイツは男だ」


 有罪だった。


「えっ……」


 一同絶句。


「どうするのよ!」

「いっそのこと、全部ヘンリー様に報告すれば……」

「というか、小っちゃくない? 男ってこんなもんなの? だってヘンリー様はもっと……」


 妾達はまた騒ぎ出す。


「…………」


 これにはパワー系も悩ましげな表情。そんな中、山本は一段と惨めな気分であった。そんな爆発物みたいな扱いしなくていいじゃない、と。


「……お前らはちょっと外に出てろ」

「え、でも……」

「いいから出てろ!」

「……分かったわ」


 アンジェリカと山本だけが薄暗い物置小屋に残された。


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