第29話 奇襲1

 山本が庭の用具入れで、思わぬ理解者との出会いを得ていた頃。


 ストラマー辺境伯は執務室のデスクにて頭を悩ませていた。その理由は女装メイドである。ここ数日、幾度となくアプローチを繰り返してきた。確かに以前より打ち解けていることは間違いないのだが全然自分に惚れている気配が全く見えない。

 おかしい。イケメンは焦りを募らせる。このままでは何も成果がないまま彼女は王都に帰ってしまう。そうなれば数々の女を落としてきた自分のプライドがズタズタだ。


「王女殿下をお連れしました」

「分かった。すぐ行こう」


 今日は領地にはるばる慰問の為に来て頂いた王女殿下をもてなすという名目で辺境伯邸にてルーナと共に昼食をとる事になっていた。


「ストラマー卿、予定通りに」


 執務室のソファーに腰掛けている男が話しかけてくる。バトラー伯爵だ。王女殿下の殺害を持ちかけてきたダムド帝国の貴族。ストラマーは帝国への亡命と引き換えにこの男に協力している。

 今日は昼食の場にやってきたルーナの首を取る算段になっている。ストラマーは先日の暗殺計画は失敗に終わったと報告を受けていた。正直なところ焦りを隠せないイケメンだ。このまま失敗が続けば自分の悪事は間違いなく国王の知るところとなり王国の名の下に処刑されるだろうと。

 実際はとっくの前からストラマーが帝国と通じて暗殺を計画していることは筒抜けなのだから滑稽なものである。


「……承知しています」


 ストラマーとバトラーは共に客間へと向かった。



 ストラマーが客間のドアを開けると求める客人は革製のソファーに座りこちらに背を向ける形で座っている。首の辺りがすこし露出した純白のドレスにはロングの金髪がかかっている。昨日と同じ王女の後ろ姿。ペイス隊長も含めた護衛数人に囲まれてる。


「王女殿下、お待たせ致しました」

「…………」


 無言。何やら様子がおかしい。そう思った瞬間。


――ストラマーの首には刃が当てられた。


 騎士の一人がストラマーの後ろに回り込んでいたのだ。


「……殿下これは?」

「…………」


 依然として何も王女は話さない。不穏で物々しい空気が部屋に立ち込める。


「いや、違いますね。あなたは確か王女殿下のメイドの……」

「ご機嫌いかがですか? ストラマー辺境伯」


 ドレスの女がそう言うと自らの髪の毛を引っ張ると煌びやかな金髪がバサリと落ちた。カツラだったようだ。その下から露わになったのは黒髪ショート。その正体はやはり予想した通りメイドのシアンだった。

 ストラマーは小芝居にまんまと騙された訳だ。


「ストラマー卿、これはとんだ失態ですね」


 後ろに追従していたバトラーが表情をピクリとも変えずそう呟く。イケメン貴族は冷や汗を額に垂らしつつ、バトラーを睨み付ける。自分には責任がないような言い方をするなよ。元はお前の部下が一度暗殺に失敗してるのが原因だろうが、と内心イライラだ。


 バトラーはそんなストラマーには目もくれず顎をクイッと動かした。


 ガシャン。するとバトラーの合図に応じて窓ガラスが割れてそこから数名の騎士達が入ってくる。それと同時に辺境伯と男の後方からもドタドタと騎士。シアン達はすっかり十数名の帝国の騎士に囲まれた。


「死ね!」


 一人の騎士がそう叫んだのをきっかけにして大乱闘が始まった。室内でてんやわんやの大騒ぎである。


「その太刀筋、やはり貴様ら帝国の……」


 シアンの側で剣を構えるペイス隊長が呟いた。剣技の流派は国により微妙に異なっており、それによって帝国の人間であることを見抜いた。


「あ、ああっ……私の部屋が」


 客間の高そうな家具や芸術品が次々に壊されていく。皮のソファーは倒されて中の綿が飛び出している。有名な画家に書かせた先々代の肖像画は額が外れて踏みつけられている。


「も、もう止めてくれ、頼む……」


 これがイケメン貴族に大ダメージ。自分の身が危ないというのにも関わらず、悲嘆に暮れながら滅茶苦茶にされいていく自分の部屋を見つめているストラマーであった。

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