第30話 奇襲2

「はあ……チッ、とんだ無駄骨でしたね」


 客間での帝国と王国の騎士達の乱闘を扉の辺りで眺めていたバトラーは後ろ首を掻きながらイライラした様子だ。

 踵を返し、屋敷を出て行こうとする。


「えっ、ちょっと……」


 一人の帝国側の騎士がそれに気づいて慌てて追いかけた。自分達の上司が


「お、お待ち下さい、バトラー伯爵」


 バトラーが振り返る。


「どちらへ行かれるのですか。戦いの指揮は――」

「うるさいですよ」


 同時に男は手を横薙ぎに振り下ろす。その瞬間にプシャと騎士の首筋から血が吹き出し辺りを真っ赤に染める。すべてを言い終わる前に首を切られ絶命していた。


「人間の真似事はもう終わりです」


 無感情に死体を見下ろしそう言い残すと、バトラーは屋敷を出て行った。



 姉御ことアンジェリカさんが出ていってしばらく。俺は物置小屋で言われた通り体育座りでじっとしていた。


 暫くするとガラリと物置小屋の扉が開いた。暗い倉庫の中に光が差し込む。


「――あんた何やってるわけ? そんな格好して。まさか、そういう趣味なの?」


 現れたのはルーナだった。手足を縛られて衣服も全て剥ぎ取られてパンイチの山本を見下ろしてまたニヤニヤと意地の悪い笑みを向けている。


 コイツ……マジで許さねえ……。


「……なんでここにいるんだよ?」

「アンタを迎えに来たのよ。どこにもいないから探したわよ」

「?」


 何でルーナが自分を迎えに来るのだろう、と疑問が湧く。


「そしたら庭の方からでかい物音がしたから見に行ったら、ぞろぞろ倉庫から人が出てくるのが見えたから」

「…………」

「ふふっ、まさかこんな面白いことをしているなんてね。私も混ぜてほしかったわ」


 口に手を当てつつパンイチ野郎を嘲笑する。心底、愉快だという表情だ。


「お前っ……」


 この糞女に何を言っても無駄だと理解はしている。理解はしているのだが、それでも愚痴や不満を言わずにはいられない。


「――こんなことになってるのも全部お前のせいだろ!」

「何、被害者面してるの? アンタが無力だから悪いんでしょう? それに最初に約束した通りにアンタの身の安全は確保してあげてる。もし、アンタをそこらに放りだしたら魔物か盗賊にでも襲われてすぐ死ぬんだからね。むしろ生きていられることに感謝して欲しいのだけれど」


 ルーナがぴしゃりと言う。


「っ……」


 悔しいがグウの音も出なかった。思い起こされるのはここに来る途中で遭遇したエルダートレント。あの時、護衛の騎士の人達そして何よりルーナがいなければ間違いなく死んでいた。俺が生き延びているのはルーナが守ってくれてたからなのは紛れもない事実だった。

 確かにこの女が俺を召喚さえしなければこんな目には遭わなかった。だが、元いた世界の道徳や常識を持ち出して理不尽だ何だと反論しても、きっと鼻で笑われるだけだ。自分の身は自分で守るのがこの世界での常識なのだから。

 そう考えると溜飲も下がった。


「そんなことより、瘴気の原因を見つけに行くわよ。まさか、今更になって嘘だなんて言わないわよね?」

「あの……もし、嘘だったら?」


 俺の知っている原作知識と実情には乖離があった。もしかしたらツェッペリン平原の瘴気も実情とは異なっているかも知れないという不安が付きまとっていた。

 出来ればルーナにこの事も話しておきたいと思い恐る恐る尋ねたのだ。


「殺す」

「……う、嘘じゃねえよ。冗談だよ、冗談。はははっ……」


 駄目だった。言えるわけがない。打ち明けたら文字通り殺される。目が本気だった。


「まあ、とにかく向かうわよ」


 ルーナが魔法の杖を出し、俺の手首を掴む。二人の体は上空に向かってふわっと浮かび上がった。体は上へ上へと引っ張られていき、さっきまでいた物置小屋も辺境伯の屋敷もどんどん小さくなっていく。上半身は前がビリビリに破けてガリガリボディーが丸見え、下半身は女物のパンティー一枚の女装メイドが空を行く。

 自分でも分かるが、控えめに言っても絵面が最悪だ。


 気がつけば先程までいたレーナードの街が視界に全て収まるほど高くに来ている。物理法則に従えば重力に従って落ちそうなものだが、そんな気配は全くない。


「ああああっ! たっ、助けっ……」

「うるさいわね。静かにしなさい」


 ビビり散らかしている俺にルーナはわざとらしく顔をしかめる。相変わらず理不尽である。そんなこと言ったって怖いものは怖いんだよ。


「お、おいっ、これ大丈夫なんだろうな」

「何が?」 

「いや! 落ちないのかよ!」

「へえ……もしかして高いところが怖いの?」


 ニィと邪悪な笑みを浮かべる。それを見てゾッとするような寒気を感じた。今からろくでもない目に遭うと本能が警鈴を鳴らすがこの無力な男には何をどうすることも出来ない。

 ルーナが掴んでいた手を離した。


「えっ……」


 その瞬間、重力を取り戻した俺の体は急降下。目すら開けられない。ビリビリのメイド服は空の彼方に飛んでいってパンティー一枚の男が空中落下。


「ああああ〜!」


 もうこのまま落ちて死ぬと思ったら今度は空中で急停止。その瞬間、脳が揺れて知識が危うく持っていかれそうになった。

 上空に静止していたルーナがパンイチ野郎のところまでヒュンと降りてくる。


「ひっ……ぐすっ……し、ぬかと、ひっ、おも、ったよ……」

「ふっ、くくくっ……アンタほんとに酷い顔……あっだめ、こっち見ないで、ひひっひ、ほんと面白いわっ、はははっ」


 俺は涙と鼻水と落ちたメイクで顔がグチャグチャだ。空高くから落とされて怯える俺を腹を抱えて笑う目の前の女はとんでもない悪魔だ。身の安全は保証しているなどと言った直後にこの仕打ちだ。本当に信用できない。


「まあ、でも分かったでしょ? 飛行魔法は結構自信あるの。それこそ人間一人くらいの重さの物体なら自由自在に操れる位にはね」


 どうやら自分の飛行魔法の力量を実演して見せたつもりだったらしい。コイツ、サイコパスだろ。


「……俺を落とす必要は別になかっただろ」

「まあね。ただ、面白いかなと思っただけよ」

「…………」


 前言撤回だ。この女だけはいつかぶっ飛ばしてやると俺は固く誓った。

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