第31話 王女の本音
「と、というか、これ、俺の手首つかむ必要あるのか?」
俺はルーナに掴まれている手首に目線を向けつつ尋ねた。この女の俺に対する仕打ちは酷いものだが見てくれはいい。
少しキツそうな目元には赤い瞳が鋭く光る。対照的に顔立ちや体型は幼く見える。西洋人を思わせる綺麗な金髪。
正直なところ美少女との意図せぬ接触イベントにドキドキしまっている俺だ。ああ、これで性格さえよければなあ……。
「何、不満? また落ちたいの?」
「っ……いや、不満とかじゃなくて……さっき落っこちた俺を止めてただろ? だから、別に対象に触れる必要はないんじゃないかと思って」
俺が真っ逆さまに地面に落ちようとしたとき、ルーナは空中に静止したまま俺の落下を止めていた。
「あ〜、なるほどね。アンタ脳みそ詰まってたのね?」
酷すぎる。ナチュラルに悪口が飛んできた。
「でも残念。さっきみたいに遠隔操作も多少はできるけど魔力の消費が激しくて長時間は無理なのよね。対象に触れるのが最も効率のいい力の伝達方法なの」
「……そういうものか」
呆れたものだ。魔力の消費が激しいのにあんな無駄なことしたのかよ……。だが、また落とされてはたまらないので黙っておく。
そんなやり取りをする内にレーナードの街の城壁を越えた。
*
「草も何も生えてないな……」
レーナードの城壁を越えてルーナに手を引かれ空を飛ぶこと数十分。辺りは一面が赤茶色で、ポツポツと枯れ草や枯れ木のような物がみえるばかりだ。
「ここ一体がツェッペリン平原よ。数年前までは一面が田園地帯でいろんな作物が取れてね。王城で出て来る食材も大抵ここで取れたものだったわ。まさに王国の豊かさの象徴のような場所だった」
「ほら、見なさい」
彼女の目線の先には家の様な物が見える。だが、半壊しており家としての体裁を最早果たしていなかった。住人がいなくなってしまった事で空き家となってしまったのだろうと想像出来た。
「大人には健康被害は少ないけど、これじゃあ農業も出来ないから街や他の場所に移住してしまったわ」
人の気配が全く見えない。
今はこの地を追われてしまった農家達が腰を曲げこの地を耕しているありし日の姿を想像してしまう。何となく寂しいような気分だ。別に俺にはこの国にもこの世界にも特に思い入れなどない。ただの沢山プレイしたエロゲに出て来る架空の世界の一つ。ただそれだけの存在だった。
それでも、こうして大地を、風を、空気を、かつての人の営みを五感で感じると、何というか……。
「そうか……」
不意に斜め前を見る。長い金髪をキラキラとたなびかせて飛ぶルーナ。二人きりのシチュエーション。思わずこんなことを口走ってしまう。
「お前……さ」
「何?」
「なんていうか……もしかして結構優しいのか?」
「えっ、何、気持ち悪いんだけど」
完全に同意だった。我ながら本当に虫唾のするような気持ちの悪いセリフだ。
言ってから後悔。でも一度口に出してしまった言葉は二度と取り消すことは出来ない。
「いや……教会に行ったときに女の子と話してただろ? 母親が瘴気で倒れて、お腹の子もどうなるか分からない状況で悲しんでた。それで、お前はあの娘に優しい言葉をかけて背中を叩いてやって、それでその娘はお前の腕の中で泣いてただろ?」
あの時のルーナの姿が俺は忘れられなかった。
「…………」
「今だって」
「――やめて」
続けようとすると、ルーナが遮った。
「別にそんなんじゃないから」
「…………」
「私は王族なの。この国を背負って立たないといけないの。私は王女としてそうあるべき様に振る舞っているだけ。つまるところ全部あんたの勘違いってことよ」
それは知っている。ゲームの中でも彼女は自らの王女という役割に忠実なキャラクターだった。
「……全部、演技ってことか?」
ルーナは俺の間抜け面を鼻で笑いながら続ける。
「知ってる? 私はこの国では聖女様なんて言われているのよ。今回みたいに瘴気の被害の大きい地域に定期的に慰問とか行ったり、他にも私の名前で物資を支援したりしてて国民からの評判もいいの」
知っている。ルーナ・バズコックスというのはそういうキャラクターだったから。
「あんたにはどう思われたっていいから言うけど、私だって別に行きたくて慰問なんか行ってる訳じゃないのよ。馬車で長時間揺られて遠出するのは疲れるからね」
彼女は鼻を鳴らして自嘲する。
「ただ、私はちやほやされるのが好きなだけなの。聖女様、聖女様って慕われて、崇められる今の立場が心地いいの。だから全部そのためにやってるだけよ」
熱が入る。彼女の目が少し潤んで見えたような気がしたのは気のせいだろうか。
「それで、何だって? 私は優しい? わかったような口きくんじゃないわよ! あんたに……あんたに何が分かるって言うの? 本当に不愉快だわ」
「…………」
俺のことを鋭く睨み付けた。画面の外側から眺めていた時もこの世界に来てからもこんなに彼女が感情を露わにすることがあっただろうか。無表情か或いは意地の悪い笑みしか向けられてこなかった気がする。
「次、そんなことを口走ったら殺すわ」
俺から見たルーナはいつでも自己中心的で自分の都合に俺を振り回すような性格最悪の女だ。俺が今、パンイチで空を飛ぶ羽目になっているのも全部コイツのせいだ。
でも、さっきのルーナの横顔には俺も少し思うところがあった。教会で彼女の見せた優しさはきっと嘘じゃない。きっと彼女の本音は……。
いや、これを俺が口にすることに意味なんて無い。彼女の言わせれば俺は彼女の奴隷に過ぎないのだから。
「そうかよ」
会話が途切れる。ルーナと俺はその後、しばらく無言で空を飛んでいた。
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