第32話 ダンジョンへ

「サバスの森がどっちかわかるか?」


 おぼろげな記憶の中からダンジョンの入口のある場所を絞り出す。


「サバスの森? なら、ここからもう少し東に行ったところだけど……」

「そこにダンジョンの入口がある」

「なら行くわよ」


 そんなやり取りの後に俺とルーナは俺の話した場所、サバスの森に向かった。


 途中から寒くて寒くて堪らなかった俺だ。地上なら別段寒くはない。日本の気候に当てはめれば四月下旬の暖かさといったところか。

 だが、上空を飛ぶとなると話が変わる。冷たい逆風が体温を奪っていく。その上、俺はパンイチなのだ。もう寒さでガクブル。

 本当は不満の一つでも口にしたい所だったが、そんな事の言える立場でも雰囲気でもないので黙っていた俺、偉すぎる。


「ここら辺がサバスの森か」


 サバスの森はツェッペリン平原に接する広大な森林地帯である。だが、やはりというべきか、ここも瘴気の影響で目に見える範囲の植物や木は全て枯れ果てて葉を失っている。


「で、どっからその地下空間とやらに入るのよ? アンデッドがそこにいるのよね」


 本題が来た。ドキリと心臓が跳ねる。

 正直、ダンジョンへの入り口の位置はあんまり覚えていなかった。それに加えて、ゲームの中ではマップは簡略化されていたので、こうやって実際の風景と照らし合わせるのが難しい。思わず頭を悩ませる。


「……………」

「まさか……知らないの?」


 まずい。ルーナの俺を見る目が厳しくなっていく。もう痛い目にも怖い目にも遭いたくないのだ。必死で周囲を見渡しつつ、記憶をたどっていく。


「あっ、あの岩」


 その時、一面に広がる枯れ木の森の中で遠目にも見えるほど大きな岩が突き出ているのが目についた。たしかあれがアンデッドの巣の目印だった……はず。自分の記憶力も捨てた物ではないな。


「確かあの岩のふもとあたりだ」

「……行くわよ」


 二人はその場を飛んだ。さっき指で指した岩のあたりに着地する。


「何もないけど。ここらへんを探せばいいの?」

「……結界があるはずなんだよな」

「結界?」

「ああ、結界で出入り口が巧みに隠されてるんだ。多分、お前ぐらいの魔法使いじゃないと見つけるのが難しいと思う」


 正直ここは俺の知識ではどうにもならない。ヨイショをしてご機嫌を損ねないようにする作戦。ルーナの顔をチラッと見て反応を伺う。


「ああ、なるほど? 私頼みって訳ね。いいわ。やってやるわよ」


 よし。ヨイショ作戦が成功したようだ。もしかしてコイツ、意外とチョロいのか……?


「まあ、しょうがないわよね。あんたは何も出来ないゴミクズだものね」

「…………」


 止めてくれよ。ルーナが何か言う度に俺のピュアハートが着々と傷ついていく。


「…………」


 沈黙。目をぎゅっとつむり、その眉間にはシワ。結界の探知に集中しているようだ。


「そこ……わずかだけど反応があるわね」


 指を指したのはちょうど目の前の岩。ルーナがふわっと飛んだ。杖を岩の方に向けて魔法陣を展開する。


『障壁破壊』


 ドンという音と共にとんでもない爆風に襲われる。砕けた岩が飛び散った。俺はその衝撃で後方に飛ばされて尻もちをついた。


「ぐっ、痛ってえ………」


 激痛。絶対にケツの骨を骨折したに違いない。今の魔法は貼られた結界を破壊することに特化した強力な魔法だ。


「……!」


 ルーナは何かを見つけてハッと驚いたように、目を開ける。地面にへたり込んでいた俺の体はふわっと浮き上がりルーナの近くまで引き寄せられた。


「アンデッドだ……」


 見ればさっきの爆発の中心地にアンデッドがわらわらと穴ぐらから十体、二十体と湧き出している。


「危なかった……」


 鼻を突くのは強烈な腐敗臭。何と言うか、たぶん肉が腐ったらこんな匂いなんだろうなという匂いだ。そのまま留まっていたらアンデッドの餌食になっていただろうと思うと肝が冷えた。だから山本は素直に感謝の言葉を口にする。例え、それで罵倒が帰ってきても、自分に損はないだろうという打算もあってのことだ。


「ありがとう」

「……別に」


 素っ気なく返事が返ってくる。見ればルーナが何やら驚いた様な、奇異な物を見るような目で俺を見ているのに気づいた。


「どうした?」

「いや……正直、今の今までアンタの言う事を信じてなかった。アンタは胡散臭いし、それ以上に突拍子もない内容だったからね。だけど、本当だった。実際にこの目で見てしまったのだから信じる他ないわよね」


 一瞬、アンデッドの方に視線を反らしたかと思うと俺の目を射抜くように真っ直ぐ見た。


「王国の優秀な魔道士たちですら瘴気の原因を見つけられなかった。勿論私を含めてだけどね。まあ、それもそうよね。これほど、精巧な結界なら事前に正確な場所を把握しておかないと見つけられる訳がないもの。でも、予知能力でもなければそんなことは出来るはずもない」

「…………」

「それをアンタはやってのけた。本当に何なの? 気味が悪いわ」


 何と言えばいいのだろう。ここはゲームの中の世界で、自分は画面の外側からやってきたとでも言うのか。そんなこと信じてもらえるわけがない。考えるまでもないことだった。


「……何も答えないのね。はあ……まあ、いいわ。今はそれよりあいつらだからね」


 足下を見れば洞窟から出てきたアンデッド達が呻き声を上げつつ次々と森に入っていこうとしていた。


「このままじゃ魔物を野放しにすることになるからね」


 ルーナが上空から光魔法を放って目に見える範囲のアンデッドを一掃した。


「行くわよ」

「あ、ああ」


 俺達はダンジョンの中へと入っていった。

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