第33話 敵の正体1
「…………」
薄暗い洞窟の中ではほとんど何も見ることが出来ない。ゆっくりゆっくりと前を行くルーナの背中を見失わないようについて行く。外に出てきた敵は魔法によって一掃されたもののダンジョンの中にはアンデッド達がまだひしめいている。
「まだ沢山いるわね」
聞こえるのは自分達の足音とアンデッドが呻く声、そしてルーナの放つ魔法の爆発音がそれをかき消す。それが何度も何度も目の前で繰り返されるのだ。
俺は爆音と閃光から鼓膜や網膜を守ろうと目を瞑り、耳を塞ぐので精一杯だった。
「あっ、そうだ。私、アンタのお守りまでする気は無いから」
ルーナは俺の方を見もせずに腰に付けた剣を抜いて投げてよこした。ガシャンと地面に落ちる。
「それ、使っていいから」
「えっ……」
嘘でしょ、とは俺の心の叫び。まさかその腰の剣ってそのために持ってきたのかよ。
屋敷の物置小屋でルーナと合流したときから疑問に思っていた。何で魔法が使えるのに仰々しい剣を腰に付けているのだろうと。
「敵が多すぎるのよ。まあ、自分の身くらい自分で守りなさい。その剣は魔力が付与してあるし、いくらアンタでもアンデッドの相手くらいは出来るはずよ」
「…………」
こういう時はゴネても無駄であると学習してきた俺は黙って剣を拾う。ずっしりとした重み。当然、戦闘経験はない。平和な世の中でぬくぬくと育ってきた。
いざ自らの手でそれをするとなると抵抗が大きく、剣を振るうのを躊躇する。
たが、考える暇はないようだ。一体のアンデッドがパンイチの俺に掴みかからんと迫ってきた。
「うわっ!」
とっさに剣で体を押し返すと、アンデッドは簡単によろめいて後ろに倒れた。どうやらあまり強く無いようだ。だが、すぐに立ち上がると俺の方に向かってきた。
覚悟を決める。
狙うは首。護衛の騎士達は魔物との戦闘の時に軽々と剣を振っていたが、俺のようなもやし男にそんな芸当ができる訳がない。ふらつかないように足を軽く開き少し腰を落として剣を構える。
そして、アンデッドの首元に狙いを定めて野球の素振りのイメージで斜め下に振り下ろした。
「ひっ……!」
何とも嫌な感触。首を失った胴体がバタリと倒れる。ゴロと転がった首が自分の方を恨めしく見つめているような気がした。
「ふう……やったか」
一息。だが、感慨に浸る暇はない。前方ではルーナが広範囲の魔法をぶっ放してダンジョンの奥から沸きだす敵を一掃しているが、数が多いため殺し損ねる個体が出てくる。そいつらが何故か俺を狙ってくるのだ。勘弁して欲しい。
奴らに知能があるようには見えないが、まるでルーナと俺のどちらが弱者か理解しているかのような振る舞いだ。
一体、また一体と倒していくうちに、だんだん要領を得てきた。敵を一撃で仕留めることができるようになってくる。無我夢中で剣を振っていると、気づけば結界付近のアンデッドはすべてただの死体に還っていた。
「はぁ……はぁ……」
小さい頃は新聞紙を丸めてチャンバラごっこをしたものだが、まさか生きている内に本物の剣を振るう体験をする事になるとは思いもしなかった。
「さあ、ここら辺は全部倒したし奥に行くわよ」
ルーナと俺はダンジョンの深部へと進んでいった。
*
頻繁にエンカウントするアンデッドを二人で倒しつつ進む。
「…………」
無言が続く。その沈黙を破ったのはルーナだった。俺の方に顔を向けることもなく呟く。
「この先にいる敵は誰なの? そろそろ教えなさいよ。知ってるんでしょ?」
「…………」
俺はまだダンジョンのボス、アンデッド達を操っている存在についてルーナに話していなかった。原作知識を無闇に教えず、聞かれた事だけを答えるようにしていたのだ。
理由の一つはルーナを含めこの世界の人間にとって貴重ないわば予言になるような情報を安売りしたくないからだ。俺の持つ原作知識は何の力も無い俺にとって命綱のような存在になるだろうと確信していた。もう一つは安易に情報を教えて万が一に違った時に責任を負いたくないからだ。
小物過ぎるなどと言われるかも知れないが、何とでも言えばいい。弱者は卑しく生きるしか道がない。いくら綺麗事を並べようとも結局は自分が一番大事なのだ。
だが、ここまで来たからには教えざるを得ないだろう。
俺は口を開いた。
「死霊術師ブラックモア――それがアンデッド達を操っている魔族の名前だ」
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