第34話 敵の正体2
「えっ、待って……」
ルーナが困惑の声を上げる。
「……今、魔族って言った?」
「ああ」
「魔族は既に滅んだはず……しかも、死霊術師ブラックモアって文献にあった大魔族と丸っきり同じ名前……」
何やらルーナがブツブツ言っている。彼女やこの世界に生きる人達にとっては常識から外れたとんでもない事なのかも知れないが、俺はただゲームの設定をそのまま話しているに過ぎない。
「魔族は滅んだことになっているかも知れないが、ブラックモアに関しては封印されていたに過ぎない。そして最近になってブラックモアの封印が解けかかって力が漏れ出し、アンデッド達がこの地下空間を埋め尽くしたせいで地上では瘴気が広がってしまったんだ」
死霊術師ブラックモアは敵としては中ボスレベルといったところだったろうか。
「……そう」
ルーナは何やら考え込んでいるような様子だった。顔をこわばらせて恐れるような憂うようなそんな表情。今まで俺の見てきた自信に満ちた彼女とはまるで真逆だった。
「私、アンデッドなんて初めて見たの……」
「そうなのか?」
「古い書物の中に死者を操る大魔族についての記述を見たことがあるから、アンデッドなる存在がかつてはいたのは知っていたの。その魔族は何万何千という死者の軍勢で人の村や街を滅ぼしたそうよ。だけど、それも数百年前のこと。魔族が根絶やしにされて以降はアンデッドがこの世界に現れたことは一度もないはず。今を生きている人間にとってはおとぎ話みたいなものなの」
「…………」
「だから、こうして実物を見るまでその存在すら疑っていた。あのアンデッドが現代にいて、さらに、王国の領地であるツェッペリン平原の地下に蔓延っているなんて話を素直に信じられると思う?」
ルーナの話を聞きながら、俺の元に迫って来たアンデッドの首をスパッと切り落とした。アンデッドとはいえもとは人間のはず。その首を断ち切ることに慣れつつある自分が怖くなってきた俺だ。元いた世界で当たり前だと思っていた倫理観が薄れていくような感覚。だが、自分が生き残るためには今は剣を振るう他ない。
「このアンデッド達はどこから来たんだろうな……」
不意に問いかける。それは純然たる疑問だった。これだけの数のアンデッドがいるということはそれだけの亡骸がこの地に眠っていたということだ。どうしてサバスの森にこれだけの死体があるのか、その理由を俺は知らない。
確かに、この世界はエロゲの世界であり、俺はゲームをプレイした。だが、所詮はエロゲ。ヒロインとのイチャラブエッチこそがゲームのメインなのであって魔物との戦闘やその背景はそれに深みを持たせるための一要素に過ぎない。
何が言いたいかというとゲームではアンデッドが生じた背景について詳しい説明がゲーム中にはなかったのだ。アンデッド討伐イベントは主人公とルーナが仲を深めるための舞台装置に過ぎない。俺には攻略に関する最低限の情報しか分からないのが現状だった。
そんな俺の問いかけに、ルーナは少し悩んでから口を開く。
「二十年ほど前、私が生まれる数年前のことかしらね。この近辺で戦いがあったの。帝国が王国を侵略して父上達は必死に戦ったそうよ。追い返すことには成功したけど王国側は甚大な被害を受けた。そして戦死者は国を守った英雄としてこの地にまとめて埋葬されたの」
「……まさか、ここにいるアンデッドはみんな?」
俺の中で辻褄が合ってゆく。ちょっとしたアハ体験。
「察しがいいわね。推測になるけど、多分そうなんでしょうね。彼らは王国のために勇敢に戦った戦士達の遺体を好き勝手して愚弄するなんて……とんだクソ野郎だわ。この先にアンデッドを操る奴がいるんでしょう?」
「ああ。そのはずだ」
ダンジョンの構造は複雑だ。何カ所もの分かれ道があり俺にはどちらに向かえばよいか皆目見当もつかない。
「こっちよ」
アンデッドはこのダンジョンの至る所にいて、彼らは魔法で操られている。ルーナが魔力の流れを読んで、術者のいる方向を特定する。
「……行きましょう」
*
ルーナの先導に従ってずんずんと進んでゆく。
「どんどん魔力の反応が強くなってる。きっとこの辺りね」
アンデッドの強さも深部の方が強くなってきた。ゲームの仕様通りだ。山本はもう疲労も相まって限界が来ていた。そして狭い通路を抜けて大広間ほどの広さの空間に出た。
「あれは……」
棺だ。錆ついて土埃が被さっているが確かに棺。ゲーム内での設定と完全に一致していた。
そしてここはダンジョンの最深部だ。魔力を感じ取ることができない俺でもこの棺にただならぬ気配を感じざるを得ない。第六感が危機感をビンビンと訴えて来る。
「あれで間違いない?」
「ああ、間違いない。あれはブラックモアが封印されてる棺だ」
ルーナがゆっくりと近づいた。棺の前でしゃがみ込んで、バサバサと蓋の上の砂を払う。
「相当古いわ……。数百年もの間、ここでこうして封印されていたのね」
「……こいつ、どうするんだ」
「多分、この方式の封印ならすぐに解除できるはずだから。それで――倒すわ」
「……勝算はあるのか?」
本来、ブラックモアは原作では四人パーティーで挑む相手だ。そして、今ここにいるのはルーナと俺の二人。だが、戦闘経験も魔力もない後者は使い物にならない。必然的に残るのはルーナのみ。
彼女が一人でブラックモアを倒すしかない。野暮な質問だと分かっていたが、聞かずにはいられなかった。
「…………」
ルーナは答えない。いつもの自身に満ちた、傲慢ともいえる態度は失われていた。
沈黙が立ちこめる。
「……お前に一つ教えておきたいことがある」
沈黙を破ったのは俺だった。
「何?」
「ブラックモアは魔族だ。だけど魔族もトレントのような魔物の仲間に過ぎない。だから――」
俺はブラックモアの弱点をルーナに話した。彼女はどういう訳か原作よりもかなり強い。エルダートレントをあっさり倒してしまうほどだ。
その二つを考慮すればきっと大丈夫なはずだ。
「分かった……アンタを信じる」
見れば彼女の瞳は強い意志を取り戻していた
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