第57話 敵国へ

 あれから三日が経過した。どうやら市中では騒ぎになっているようで、宮中でも牢屋襲撃と辺境伯の脱獄の話で持ち切りだった。

 そして今、その問題についてルーナと部屋にやって来た陛下が話していた。俺はいつも通りお茶汲みをしながら話に耳を傾けている。


「国を売りルーナの命を狙った国賊をまんまと逃がしてしまった。これでは我が国の面子は丸潰れだ」

「…………」

「瘴気が解消され王国の産業が復活しつつあるとはいえ、この国の立場が弱いのはまだまだ変わらない。こんなことでは帝国はますます勢い付き、同じような裏切り者が再び現れるかもしれない。ああ、どうすればいいのだ……」


 陛下は頭を抱えて意気消沈としている。


「犯人だが、何でも数人の衛兵がメイド服を来た変態男の姿を見たと証言している。そいつがストラマー卿を逃がしたと見て間違いないだろう」

「そのようですね」


 ごめんなさい、それ俺です。

 特に国王陛下は相当気を揉んでいるようだ。事情を全て知っている俺は陛下に申し訳なくて仕方がない。渦中の辺境伯はこの王城の地下牢にいるのだから。


「帝国が辺境伯の脱獄に関わっているのは間違いないでしょう。きっとその変な男も帝国の人間でしょう」


 コイツ……俺を帝国のスパイってことにしやがった。


「ああ」

「ところで、私の帝国魔法学園行きはもう決まってるのでしたよね?」

「帝国からは打診があった。来季の特別枠として入学させる用意があるとな。まあ、これはお前には話していなかったが、実は経済援助と引き換えにルーナを留学に出すという話は以前から帝国はしきりに出してきていたのだ。当然ずっと断っていたがな。だが、このタイミングで話を受けたことを先方は警戒しているだろう。なんせ狙っている獲物が自分から首を差し出して来たようなものだからな。当然、お前の命も容赦なく狙ってくるだろう」

「想定の範囲内です」

「何度も言うようだが、本心では私はお前を行かせたくはない。だが、お前が言うように、我が国が窮地を脱するには敵国の内部に入り込むしかない。そして、その役目を担えるのはルーナ――お前しかいない」

「いえ、お父様が謝ることではありません。私から言い出したことですから」


 ルーナは何とでもないようにそう言った。


「学園の入学式はたしか丁度二週間後ですか」

「ああ。帝国の首都までは五日はかかる。来週には出てくれ。向こうでは帝国の役人の指示に従うことになるだろうが、決して信用するなよ」


 明日か……。俺は遂に向かうのだ。あのエロゲの舞台である帝国魔法学園に。画面の中でしか見れなかったヒロインやセリフしかなかった主人公の顔を見れることにどこかワクワクする自分がいた。


「はい。重々承知しています」

「そうか……それで、同行者なのだが……。お前とあと一人の従者のみを認めると帝国から打診があった」


 えっ……一人だけか……。俺はどうせ行くものだと思っていたが、ルーナはどうするつもりだろうか。


「腹立たしいことだ。実質的な人質だということは分かっていた。分かっていたが、これではあまりに露骨だ」


 陛下が顔を顰める。確かに小国とはいえ一国の王女を迎えるというのに従者を一人しか認めないというのは余りにも酷い。まあ、きっと向こうもルーナのことを警戒しているのだろう。なんせ、その存在を恐れて暗殺しようとしてきたくらいだ。


「だが、お前を向こうに送り込むには要求を飲むしかない。それで、誰を連れて行く?」

「――ソフィアを連れて行きます」


 ソフィアとは俺のメイドとしての名前だ。ルーナは迷うこと無く俺を連れて行くと言った。


「……そうか。分かった。そのように伝えておく」


 陛下は俺にチラリと視線を向けるとそのまま出て行った。


 部屋に残されたのは俺とルーナ、そしてシアンさんだ。彼女は学園には行けない。ルーナと当分の間、離れ離れになってしまうのだ。 

 俺は彼女がどれだけルーナを想っているか知っている。主人と離れるのは身を引き裂かれるくらい辛いはずだ。


「ごめんなさいね、シアン。でも今回の一件でコイツを連れて行かない訳にはいかないの」


 ルーナが申し訳なさそうに眉を下げて言うが、シアンさんはいつものように表情一つ変えない。


「分かってます」


 そして、主人に誰よりも深い忠誠を誓ってきたその先輩メイドは俺に向き直った。肩に触れるくらいの黒髪がふわりと揺れた。


「貴方に言いたいことは沢山あります。でもこれだけは忘れないで下さい、貴方ならきっとルーナ様を守ってくれる、私はそう信じてます」


 強い瞳。そして彼女は俺に近づいて耳の近くで囁やきかけるのだ。


「もしルーナ様に怪我でもさせたらブッ殺します」

「はっ……はい」


 俺は例によってビビって身を震わすのだった。



 一週間後。


 俺達は陛下、慰問の時に大変お世話になった近衛騎士の人達、同僚として働いてきた使用人の方々、市中の人達から盛大なお見送りを受けつつ、予定通りに王都ジェネシスを出発した。

 馬車の座席には俺とルーナだけ。ガタゴトと馬車は揺れ続ける。例によって酔って気持ち悪くなってきた時だ。ルーナが口を開いた。


「そういや、アンタの魔法とブラックモアのことだけど」


 あの後、問い詰められた俺は洗いざらい話した。ブラックモアがまだ俺の中に取り憑いていること。今の所は意識を奪われることはなさそうなこと。その影響でエナジードレインが使えるようになったこと。


「おいっ……聞かれるぞ」


 俺は馬に乗っている御者に目を向ける。


「大丈夫。彼には事情を伝えてあるから」


 帽子を被った初老の男はペコリとこちらに礼をすると、再び前に向き直った。何者なんだ……あのおじいさんは……。只者ではない雰囲気が漂っている。


「ごめん、それで何だっけ?」

「ブラックモアについては心配だけど、取れる手段もないから放って置いて構わないわ。当面は問題なさそうだしね。――それよりアンタは魔法を練習しなさい」

「えっ……何で?」

「いや、何でじゃないでしょ?」


 ルーナは溜息をつく。


「私達の目的は何? 帝国を裏で操っている魔族を倒すこと。そう言ってたじゃない」

「まあ、そうだけど」

「その為に必要なのは戦力よ。だからアンタが魔法を使えるようになるなら、こんなに好都合なことはないと思うの」

「いや、でも学園に協力者のアテがあるって言っただろ?」


 主人公やヒロイン達のことだ。ルーナには協力者のアテがあるという形で伝えている。


「アンタ、まさか言い出しっぺのくせに傍観者気取るつもりだったの? それに帝国の人間なんて信用できるわけないわよ。誰が私の命を狙いに来るか分かったものじゃないんだから」

「……分かったよ」


 ぶっちゃけ、原作で俺がいなくてもラスボスを゙倒せてるのだから、俺は必要ないのではというのが本音だ。

 だが、ルーナの言葉に反論する材料もない俺は渋々頷く。


「――ああ、それと二人とももう出てきていいですよ」


 ルーナが呼びかけると馬車の後方からガサゴソと音がする。


「ぷはっ……」

「ああっ、狭い……肩凝るわ……」


 出て来たのはすっかり落ちぶれたイケメン貴族と姉御。そう彼らを逃がすべく荷物の中に紛れさせて馬車に乗せていたのだ。


「あ、あの、どこに向かってるんですか? 私達、何も聞いてないんですけど」


 姉御が恐る恐るルーナに尋ねる。


「ブラー村――貴方達が余生を過ごす事になる村です」


 そう。向かうのは彼らが第二の人生をやり直す新天地だ。


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