第58話 別れと出会い

「着いたみたいですね」


 馬車が止まる。


「あれがブラー村……」


 王都を出発してから二日。俺達はブラー村にやって来た。車窓から眺める限り、だだっ広い平野の中に石造りの家が十数軒ばかり集まって建っているだけの小さな村だ。


 すると一人の男が村のある辺りからこちらに向かって走って来るのが見えた。その服装は他の村人とそう変わりない。

 何だろうと思って見ていると、彼は馬車の前までやって来ると、ルーナの前で膝をついた。


「殿下、お待ちしておりました!」

「では、予定通り彼らのことは頼みましたよ」

「はい!」


 くるりと振り返って彼女は呼びかける。


「二人共ここで降りてください。ここでお別れです。後は彼の指示に従ってください。住む場所は確保してありますから」


 なるほど。彼は恐らくはルーナの手の内の人間だろう。先んじて村に人を派遣して迎え入れるための準備を゙していたようだ。用意周到だなと感心する。


「あの、殿下……本当にありがとうございます」

「私の言った言葉、覚えていますね?」

「はい」


 姉御が答える。


「あなた達はここで別人として生きることになります。定期的に監視の者を寄越しますから、ゆめゆめ変な気は起こさぬように」

「分かっています」


 今度は辺境伯が答えた。


「ならもう私から何も言うことはありません」

「ありがとうございます。本当に……」


 深々と頭を下げる二人を置いて、ルーナは先に馬車に戻ってしまう。ここまで手厚い対応をした割に淡白なものだ。


「山本……お前には本当に世話になった。なんてお礼を言えばいいか……」


 彼女は唇をへの字に曲げて今にも泣き出しそうな顔を俺に向けてくる。


「泣かないで下さいよ。別に今生の別れじゃないんですから」


 やめてくれよ。俺まで泣きそうになってしまう。


「どうか、お幸せに。また会った時にでも話しましょう」

「ああ」


 いつまでもルーナや御者のおじいさんを待たせる訳にもいかない。俺は馬車に乗り込んだ。


「じゃあ、元気でな!」


 姉御が大声で叫ぶと同時に御者のおじいさんが馬に鞭を打った。


「本当に、本当に、お世話になりました!」


 姉御の隣に立つイケメンも、馬車が走り出した馬車に大声で叫ぶ。


 彼らは俺達に手を振っている。彼らが遠ざかって小さな点になるまで、ずっとずっと。

 そして俺も燦然と輝く太陽の下で馬車に揺られながら、彼らに届くように目一杯大きく手を振り返す。


「なあ」


 俺は対面で、俺達の別れには目もくれずに何やら難しそうな魔導書を読んでいるルーナに呼びかけた。


「何」


 ぶっきらぼうな返事。


「……本当にありがとう。お前のお陰だよ。俺一人じゃきっとアンジェリカさんにここまでしてあげられなかった」

「……これで貸し一つだからね。覚えときなさいよ」


 王女様はそう言うと再び本に目を落とした。



 そして二人と別れてから、さらに三日後。俺達は遂に国境へとやって来た。

 数十メートルはあろうかという堅牢な壁が見渡す限りずっと続いている。

 ストラマー辺境伯の領地に来た時の警備よりも段違いの数の衛兵達が門の前で待ち構えていた。


 その中から一人の女の子が前に出て来た。


 白いドレスを身を纏い、肩まで伸びた燃えるような赤髪をサラサラと風になびかせて、たたずんでいる。清楚可憐で、垂れ目がちの瞳からは幼さを感じさせる。


 彼女は間違いない。


 ラフレシア・ダムド――あのエロゲ中のメインヒロインだ。


「お久しぶりです! ルーナ様、会いたかったです!」


 ラフレシアはルーナの姿を見るやいなや抱きついてくる。彼女のクソデカおっぱいがルーナの平べったい胸に押し付けられる。

 ラフレシアが作中屈指の巨乳キャラであったことをここに特筆しておこう。ルーナと違って……。ああ、別にだからといってラフレシアが一番好きなヒロインだった訳では無い。ハハハッ……俺がそんな性欲しか頭にないみたいな思考をするわけないだろう……。嘘じゃないよ、本当だよ……?


「ああ、お久しぶり……」


 どうやら、二人面識があるようだ。ゲームにもそんな設定があったような。確か……ルーナが小さい頃に帝国に行った時に会ってたんだっけ。う〜ん……うろ覚えだ。


「本当に、お待ちしておりました! 私、ルーナ様がいらっしゃると聞いてわざわざここまで来たんですよ!」


 ラフレシアは明るい声でそう言う。確かにラフレシアはゲーム中では天真爛漫なキャラクターだった。好奇心旺盛で妹のように主人公を慕う。そういうヒロインだった。


 だが、今は状況が違う。暗殺を企んで、それが露呈しているというのに、なぜこんな態度を取れるのか。まさか、何も聞かされていないのだろうか。


「……ありがとうございます」

「でも、どうして我が国の学園に留学なんかしようと思ったんですか? 今の国の状況を考えたらそんなこと普通は出来ないですよね〜」


 顎に指を当ててそんなことを言ってみせる。

 もし、すべて知っていてこんな態度を取っているのならば恐ろしい娘である。流石のルーナも顔が引き攣っている。

 ニコニコとした笑顔を絶やさないが、状況が状況だ。裏でルーナをどうやって殺そうかとか考えているかもしれないとか怖すぎる。

 俺としてはこの天真爛漫さが天然であってほしいと願うばかりである。だって俺の推しヒロインのラフレシアたんが腹黒だったなんて、ショックで死んでしまうかもしれない。

 

「そ、それより、さっきから気になっていたけど後ろの方々は……?」


 甲冑を身に纏った衛兵たちの後ろにはマントを身に纏った十人ほどの人々が控えていた。彼らは他の衛兵とは違って見える。


「この者たちは国お抱えの魔導士です。ルーナ様は魔法の腕前は相当のものって聞いてます! でもでも、彼らの腕前はルーナ様に負けずと劣らないはずですよっ」


 ドヤッと胸を張ってラフレシアは言うが、そんな可愛らしい態度とは対照的にピンと糸が張ったような緊張感が辺りを覆っていた。


 帝国側の思惑は明らかだ。


 向こうからしたらルーナはいわば爆弾にも等しい。一人で何十人、何百人という敵を相手に出来る強力な魔法使いなのだ。警戒しない訳が無い。その為に魔導士を連れてきたのだろう。


 ただ、ラフレシアがどこまで事情を知って発言しているのかが見えない。


 ふと、ルーナの横顔を見ると、こめかみに青筋を立てていた。あれだ、多分魔法の腕前が帝国の魔道士と同程度だと言われてピキッているのだ。コイツ……煽り耐性が低すぎる。落ち着け……ステイ! ステイ! どうどう……。いや、動物かよ……。


「そちらが従者の方ですか……?」

「ええ」


 ここで、朗報だ。俺、遂に女装を卒業しました。今現在、俺はスーツを着てルーナの男の従者という体で横に立っている。

 事前に帝国ではメイド姿は嫌だとゴネた結果、何とかルーナの了承を得たのだ。

 女装していると何かと不便だ。喋れなければ主人公やヒロイン達とコンタクトを取ることも叶わない。これでは話にならない。

 まあ、ルーナは『何でよ、面白かったのに』とか何とか言っていたが……。


「変ですね〜従者の方は女性のメイドさんと聞いていたのですが」


 そういいながらラフレシアが俺に近づいてジロジロと体を見渡してくる。


 愛しのラフレシアたんが俺の眼前に!

 やべー……めっちゃかわいい……。あまりの、尊さに尊死してしまいそうだ。限界オタクってやつだ。


「まあ、いいです! こんなこともあるでしょう」


 まあ、いいのかよ……。適当過ぎるだろ。


「じゃ、二人共こちらへ。我々の馬車で送りますから。そちらの馬車は帰って下さいねっ」


 ルーナ本人と従者一人しか認めないと事前に聞いてはいたが、徹底している。ルーナに対する警戒の表れだろう。


「ルーナ様」


 去り際に御者のおじいさんが呼びかけられる。


「私が言うまでもないことだと思いますが、お気をつけてください。帝国は魑魅魍魎の潜む場所ですゆえ」

「忠告ありがとうございます。行って参ります」


 おじいさんはそれを聞くと、一礼して馬車に戻った。そして場所は来た道を引き返していく。


「ほらルーナ様を送って差しあげて」


 俺達二人は厳重な警備に囲まれながら、帝都へと向かった。


 

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